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「自分で、外せ」
「ぃや……ぁあっ」
「出来るだろ」
出来ない、出来るわけがない。
手首を捉えて無理やりにでも腕を外してくれればいいものを、男は衣織自らやらせようとするから、意地が悪い。
決して果てることを許さず、微妙な刺激を与え続けられる苦痛は、未熟な自分には厳しすぎた。
「今日は、どんなお前だっていいんだ。明日には、全部ウソだったと思えばいい」
幻の中で起こったことは、夜が明ければすべて消え去る。
暗く残酷な日常が目覚めれば、聖夜の夢など何処にもない。
「今だけだ、衣織」
気付かぬうちに地面に転がっていた、あの歪なマグカップ。
ホットミルクよりも数段甘い、蜜のような囁きが、衣織を現実から隔離した。
涙で潤んだ大きな黒曜石が現れる。
湿り気を帯びた唇は小さく開き、赤い舌と対比する白い歯が艶かしい。
快楽に彩られた自分の表情を目にした男が、満足そうに微笑むのを、衣織はぼやけた視界に確かに映した。
「それでいい」
「あっ……あぁっ……んやぁぁっ!」
ぐっと強まった手の動きに、限界を訴えていた身体は、すぐに熱い滾りを吐き出した。
「明日になれば、全部忘れる」
腹まで飛んだ潤いを取ると、男は乾いたままの部分に指を伸ばした。
「んっ……碧……」
酔った頭で紡いだ相手の名前。
それに引き寄せられたのか、再び唇が重なり合う。
「―――――っっっ!!!???」
前に、少年は飛び起きた。
ばっばっと、何かを確認するように周囲を見回し、それから自分の姿に目を落とす。
宿屋の一室。
寝乱れてはいるものの、きちんと服は着ている。
「ゆ、ゆゆゆ夢……?」
額に手をやれば、冷や汗でびっしょりだ。
何てものを見てしまったのだろう。
野営地と自分の姿から察するに、恐らくはフリーランス時代のもの。
好き勝手に構成された夢は、体験してもいないどころか、当時はまだ出会っていない人物まで登場して来た。
これが今の恋人ならまだ許せるが、どうして。
「セクハラ緑なんだよ……」
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