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「貴方も私も、時間に余裕のある身ではないんです。総本部へ戻ってください!」
風に流されてしまわぬよう声を張り上げるものの、やはり碧は黙ったまま。
お前の指示に従うつもりはないと、無言の背中が伝えて来る。
機体はどんどんと総本部から離れて行き、やがてレッセンブルグを囲う城壁が間近に迫った。
検問所の下士官が、猛スピードで突進して来る軍用機に何事かと目を見開く。
そうして操縦者が暴走常習犯の将校であると気付くや、顔面を蒼白にして門の前に集まっていた同僚たちに指示を飛ばした。
「へ、碧中将! 碧中将だ! 総員、開門の後、退避!」
一斉に動き出した下士官たちに、眩暈を覚えずにはいられない。
彼らの素早い対応は、碧の強行突破に慣れていることを教えてくれる。
「貴方……何をやっているんですか」
呆れ交じりの呟きを零すと同時に、神楽は抵抗するだけ無駄なのだと悟った。
常にない速さで開かれた東門を飛び出した自動二輪は、間もなく街道から脇道に逸れた。
途端、舗装のされていない地面が土煙を上げる。
がたがたと振動が伝わり、諦めの境地にいた神楽の思考が研究者のものへと切り替わる。
乗員へかかる衝撃をもう少し緩和出来ないものだろうか。
どのような場所でも安定した走行が可能になれば、操縦者に求められる運転技術のハードルは低くなる。
脳内で改良方法を検討していた少将は、猛スピードで走っていた自動二輪がゆっくりと停車したことで、意識を浮上させた。
「着いたぞ。手、離せ」
頭上から降って来た低音に視線を上げれば、背面を振り返った男の翡翠と遭遇する。
言われた内容を理解したのは数拍の後で、いつの間にか相手の腹に回っていた己の腕を慌てて外した。
「離れがたいなら、そのままでもいいけどな」
「……結構です」
気まずさを押し殺して、殊更冷やかに切り捨てる。
鼓膜を嬲るくつくつという笑い声を無視し、神楽は辺りを見回した。
そこは人気のない草原だった。
青々とした絨毯が一面に広がり、柔らかな微風にさわさわと音を立てる。
市街地と異なり視界を遮るものはなく、昼間の高い空がどこまでも続いている。
ゆっくりと流れる雲に、時間まで緩やかになるようだ。
清涼感のある空気は、とても心地いい。
珍しくぼんやりと立ち尽くしていると、碧はさっさと歩き出した。
深紅のコートを翻し、小高い丘を登って行く。
蒼に踏み入る紅に、神楽はようやく我に返った。
碧の背中を追い、丘を駆け昇る。
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