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他人に物事を教えるのは得意と言える。
しかしながら、職にしようと思ったことは一度としてない。
今日の講義で、益々その気持ちは強くなった。
不真面目な人間を指導するのは不毛だし、何よりプライドばかりが高く無能な講師陣に混じって仕事をするなどご免だ。
浴びせられた罵声とも言える恨み言が耳奥で蘇り、神楽は不快感を押し込むようにぐっと眉間に力を入れた。
繊細な美貌に滲む疲労。
目を伏せた神楽が、己を見つめる翡翠の眼に気付くことはなかった。
中将は装甲自動二輪を起動させ跨ると、くいと顎でタンデムシートを示す。
「乗れ」
「えぇ、早く総本部に戻りましょう。碧中将も仕事を中断して来て下さったんですから」
「余計な気ぃ回すな。人のこと心配してる余裕なんかねぇだろ」
「……自覚があったんですね。貴方が真面目に働いて下されば、私の仕事も幾分、楽になるんです」
後部座席に着きながら指摘してやると、前方から小さく舌打ちが聞こえた。
最低限の仕事しかこなしていないと、自覚はしているらしい。
追撃をしようと開きかけた唇は、苦情ではなく呼気を呑むか細い音を奏でた。
装甲自動二輪が急発進をしたのだ。
ぐっと体が背後に仰け反り、咄嗟に眼前の軍服に手を伸ばす。
想像以上のスピードで走る機体に、神楽は碧の背中に抱きつく形になった。
「そうやって掴まっとけ」
「っ……貴方、勝手に試作機を持ち出したんですね!」
「気付くのが遅ぇよ、開発責任者」
イルビナ軍が正式採用している装甲自動二輪は、火精霊をメインエネルギーに開発されたものだ。
コスト面に優れ、最大速度や機動力も一定水準に達している。
だが、術技術の軍事転用に優れたダブリア軍の機体に比べ、性能で劣っているのも事実。
戦時下ではないと言え、二大軍事国として常にライバル関係にある以上、新型の開発は必定だった。
火精霊に加え風精霊のエレメントエネルギーを活用した、新型機の開発プロジェクトを立ち上げたのは神楽だ。
実用化目前ではあるものの、あくまで試作段階。
勝手に持ち出すに飽き足らず、公道を走る馬鹿がいるとは信じられない。
緊急時でもない昼日中に、装甲自動二輪を乗り回すだけでも非常識だ。
未だレッセンブルグ市内では交通規制のされている道が多く交通量は少ないが、まったくスピードを緩めることなく機体を走らせる碧に頭痛を覚えた。
「現役軍人が人身事故なんて、笑い話にもなりませんよ」
「俺がそんなヘマするわけねぇだろ」
「確かに、貴方の動体視力と反射神経なら……って、総本部は今の道を左折でしょう。どこに行くつもりです」
あっさりと直進され、神楽は訝しげに問いかけた。
返されぬ返答に、疑念は膨らんでいく。
一体、何のつもりだ。
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