神楽が軍に入ったのは十五歳のときである。

最年少で博士号を取得した天才として、軍関連の研究施設で働いていたところを、蒼牙体制を整えるべく人材を探していた火澄に見出された。

苑麗家という強大な後ろ盾を持って紅に袖を通し、初めから士官クラスに任じられた。

だが、所詮は中流貴族の三男。

翔庵家よりも家格の高い年上の者たちからは白い眼で見られ、反感を買った。

やがてその反感は、神楽の硝子細工のような容貌に釣られた男たちの、色欲を孕むことになる。

家格も階級も年齢も、すべてにおいて神楽に勝る魑魅魍魎の中で、身を汚されずに生き延びられたのは、鳳来のおかげだ。

――まもってあげようか? 「鳳来」の名を貸してあげるよ

当時、少佐でありながら将にも一目を置かれていた男は、あの妖艶な美貌にうっそりとした笑みを載せて言った。

――きみが、僕の「人形」になるなら……。まもってあげるよ、神楽

神楽に襲いかかった男たちの、爵位の証を踏みにじりながら、そう言ったのである。

鳳来の胸に彫られた刺青。

鼓動に脈打つ雄々しき翼を持つ聖獣へ、幾度口付けただろう。

その威光を得るために、幾度服従を誓っただろう。

彼の「人形」として。

「普通、お前みたいな根っからの文官に、俺みたいな学のない武官が付くかよ」

神楽は全身の血が引くのが分かった。

みるみる体温が下がり、唇が戦慄く。

胸が潰れるような圧迫感に、呼気が詰まった。

碧はすべてを知っていたからこそ、鳳来の部屋に現れたのだ。

横領事件への横やりが、何を目的としたものか見破り、そうして神楽が何をするかをも気付いたから。

「知っているなら、もう、いいでしょう」
「あぁ?」
「どいて、下さい。会議に遅れます」
「火澄の都合で会議は時間が変わって……っておい、どうした」

再び身を起こそうとする神楽に、碧は訝しげに眉を寄せた。

異変を察したのか退こうとはせず、神楽の手首を捕まえる。

「離して下さい、話は終わったはずです」
「待て、お前こっち見ろ」
「私が浅はかでしたね。訊きたいことなどあるはずがない」
「おい、神楽」
「私が鳳来大佐の部屋に行った理由も、私が鳳来大佐に何をしようとしたかも、私が鳳来大佐の何であったかも、すべて、すべて知っているんですからっ……」
「神楽」

頬を張るような強い声だった。

取り繕うことも出来ず、ビクリッと体が震えた。

一度動きを止めた唇は、もう二度と開かないのではと思うほど、重く閉ざされる。

深く俯く神楽の顎を、碧の手が無理やり仰向かせた。




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