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過ぎればまた幕を開ける辛く醜い、死と隣り合わせの毎日を。
今日だけは忘れて、知らぬものと感じて。
脆く儚い蜃気楼に包まれていればいい。
「お前も、忘れちまえ」
「出来ないよ……俺には無理だ」
緩く頭を振った少年は、短刀を握る手に力を込めた。
鞘に収めず剥き身のまま、昨日の戦いで貪った最後の血を、未だに纏っている。
出来ない。
万が一、罪から逃げることが許されるのだとしても、自分には不可能だ。
手に残る感触。
耳を離れぬ絶叫。
鉄に似た血の匂いは、今もまだ辺りに充満している。
聖夜の夢に身を任せることなど、とても。
「なら、忘れさせてやる」
「え?」
柄を持つ衣織の手に、二回りは大きい骨張った手が被さった。
はっと落としていた顔を持ち上げた衣織の視界が、男で満たされた瞬間。
「……っ」
唇に感じる柔らかで温いそれ。
啄ばむようにして触れたかと思えば、舌先がこちらの唇を割ろうと動いた。
何がどうなったのか。
今、自分がどうなっているのか。
把握しきれない衣織は、考えられぬほど従順に薄っすらと口を開け、彼の侵入を許した。
ぬるりと入り込む舌。
「んっ……ふぅ……ぅ」
歯列を伝い口腔の深い場所まで蹂躙され、呼吸が上手く出来ない。
漏れる息遣いが、互いの唇の狭間で卑猥な誘いをかける。
生理的な涙で滲んだ視界の中、衣織は眼前に提示された鋭い翡翠の輝きを、純粋に綺麗だと思った。
肩に回っていた腕が頬を促し、口付けを深くさせる。
身体からじんわりと力が抜け行く感覚に、背筋をゾワリとした何かが這い上がる気配。
己の手中から赤い刃が取り出され、相手の足元に落とされたことに、衣織は気付いていなかった。
マントを開き、シャツの内側に潜り込んだ掌が冷たい。
「ぁ……ゃっ」
「……何がだ?」
ちゅっと悪戯な音を立てて口付けを解いた男は、尋ねながらも少年の服の内部に存在する片手を止めず。
薄い胸板の上にある突起を、親指の腹で押し潰した。
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