「成り上がりは礼儀を知らないね」

背後から届いたセリフは、嘲弄の響きを有していた。

碧の元へ向かう足を止め、意を決して背後を見やる。

余裕の表情で腰を落ち着けたままの鳳来に、神楽は再び口角を持ち上げた。

「部下の非礼をお詫び致します。すぐに修繕の手配をしましょう。……彼のことをご存じで?」
「もちろん。俺のいない間に妙なのが付いたと思ってね。彼が副官じゃ、きみも気苦労が絶えないだろう」

鳳来は小さく嗤いながら、碧の全身を値踏みするように眺めた。

「おい、時間ねぇっつってんだろ」

だが、当の男は顔色一つ変えることなく神楽の腕を取った。

侮辱をされたと言うのに、鳳来に視線をくれることもせず、そのまま部屋を出て行こうとする。

同じ大佐の地位にあるとはいえ、相手は大貴族だ。

流名すら持たない傭兵上がりの彼では、自殺行為とも言える態度である。

鳳来は面白くて堪らないといった表情でこちらを見ていた。

「神楽、遊ぶのはまた今度だね。次は時間のあるときにおいで、一人でさ」

見送りのつもりか。

ひらひらと手を振られながらの言葉に、現実を突きつけられる。

碧の闖入でこの場は免れたものの、鳳来との取引は終わっていない。

横領事件を処理するために、神楽は再びこの部屋を訪ねるだろう。

凍りついた表情筋を無理やり弛緩させ、どうにか微笑みを浮かべて見せた。

「えぇ。約束を果たして頂けるのなら、かなら――」

残された最後の一文字は、口元を覆った大きな掌によって終ぞ音になることはなかった。

突然、顎を鷲掴まれて目を見開く。

大した力は込められていないが、声を出そうにも口を動かすことが叶わない。

一体なんのつもりだ。

傍らの犯人を見上げた神楽は、遭遇した横顔に息を呑んだ。

翡翠の双眸が映すのは、鳳来ただ一人。

寸前まで存在を認知しているかも怪しかったというに、眇められた怜悧な眼は射殺さんばかりだ。

全身から発せられる暴虐的な気迫は昏く、剥きだしの意思を悟らずにはいられない。

それは怒りでも憎しみでもなく、純然たる殺意。

薄い唇が残忍に歪められ、描かれた弧の隙間から牙さながらの犬歯が零れ出た。

「全員が死んだら、軍法会議も査問委員会も必要ねぇよな」
「え……?」




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