腹に力を込めてきっぱりと言い切る。

意識的に研ぎ澄ませた眼光で見つめれば、相手はくすくすと喉を鳴らした。

「まるで俺が匿っているみたいに言うね、人聞きの悪い」
「手出しが出来ないという点では、同じことです」

鳳来の要求を受け入れても退けても、神楽の足元には深い亀裂が走る。

心置きなく横領事件の関係者全員を軍法会議にかけるには、この男の意思を変える以外になかった。

「貴方にとってあの士官は、ただの捨て駒でしょう。代わりはいくらでもいるはずです」
「まぁね。でも、暇つぶしくらいにはなっていたんだ。俺の一番嫌いなもの、神楽なら知ってるね」

長い睫毛に縁取られた青い眼が、ゆっくりと瞬きをする。

まるで手招きのようだ。

意図するところを正確に理解して、神楽はぐっと奥歯を噛みしめた。

一歩、また一歩。

今度は自ら鳳来へと近づいて行く。

震えそうな足を矜持で支え、どうにか彼の前へと到達する。

相手の身体を跨ぐようにソファへ両膝を乗せ、第三ボタンまで外れた胸元に手を滑らせた。

心臓の位置に彫られた刺青は、過去、何度となく目にして来た紋章。

彼の高貴なる家柄を象ったもの。

雄々しい翼を持つ聖獣に口付けるべく、神楽はゆっくりと身を屈めた。

鳳来の甘い音色が、脳髄を犯す。

「おかえり、俺の人形――」

刹那、凄まじい破壊音が鼓膜を打った。

思わず背後を振り返れば、重厚な木製扉が蝶番ごと吹き飛ばされている。

「ここのドアは造りが甘ぇな」

四角く切り取られた場所に立つのは、翡翠の瞳の男であった。

悪びれなく零されたセリフに、目の前の光景が現実のことと理解する。

「貴方、なにやって……!」
「そりゃこっちのセリフだ。会議、あと五分で始まるぞ」

碧は常と変らぬ態度で催促をした。

上官が敵とも言うべき相手に身を添わせているというのに、驚愕や動揺の色は窺えない。

まるで鳳来の姿など見えていないかのようだ。

「サボるつもりがねぇなら、さっさとしろ」

衝撃から抜け出したのは、数拍の後。

防衛本能に従い即座に立ち上がると、神楽は呆れた声音を作った。

「迎えに来て下さったのは有り難いですが、ドアを壊す必要はないでしょう。その馬鹿力、いい加減に自覚したらどうです」
「ノックでぶっ壊れる扉があるか?」

まずないだろう。

だが、彼の繰り出す強烈な蹴りを叩き込まれたならば、話は別だ。

床に横たわる扉には、くっきりと靴底の跡がついていた。




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