神楽は鳳来家の不正に目を瞑り、鳳来家は手駒を一つ犠牲にすればいいだけの話。

暗黙の了解を蹴られるとは、まさに誤算という他ない。

不正を見逃すつもりであったと言うわけにはいかず、曖昧に返事をすれば、今度は碧が嘆息をする番だった。

ある程度、予想がついているのだろう。

特に追及もなく、彼は執務机を離れると応接用のソファに腰を落ち着けた。

「……相手が鳳来ってんなら、火澄に押し付ければいいじゃねぇか。同じ四大貴族様だ、どうにでもなる」
「後々まで響くようなこと、出来るわけがないでしょう」
「っても、第一位の貴族で大将が相手だぞ。鳳来が刃向える相手じゃねぇ」
「貴方の言う通りです、現時点では」

四大貴族筆頭の苑麗家当主にして、イルビナ軍大将である火澄=苑麗に任せれば、鳳来も諦めるしかない。

彼の言う通りだ。

だが、貴族は名誉や体面を重んじる生きもの。

面子を潰された鳳来家は苑麗家を恨み、些細な禍根は消えることなく脈々と受け継がれる。

やがて何がしかの理由で鳳来家が苑麗家と肩を並べたとき、或いは凌駕したとき。

両家の対立は表面化し、激しい潰し合いが勃発するのは想像に難くない。

「大貴族同士の諍いの火種を、提供するつもりはありません」
「なら、他にいい手でもあんのか」
「簡単には行かないから、頭が痛いんです」

果たしてどうしたものか。

再度、査問委員会を開けば確実に真実は捻じ曲げられる。

指揮官である神楽は槍玉に挙げられ、軍部での発言力も低下するのは明らかだ。

何より耐え難いのは、不正を行う鳳来と不正を黙認した神楽は、事実上の共犯関係になってしまうことである。

だからといって鳳来の申請を却下すれば、複雑な立場に立たされることも目に見えており、神楽の取れる策は限られていた。

「本当に、しつこい……」

忌々しげに呟かれた一言は、平時の神楽からは考えられぬほど、感情の籠ったものだった。

覚悟を決めたように拳を握りしめ、微笑と言う名の仮面で素顔を覆い隠す。

勢いをつけて席を立つと、真っ直ぐに扉へと向かった。

「どこ行く。もうすぐ会議だろ」
「その前に片づけておくことがありまして。会議室へはそのまま向かいますから、貴方は資料をまとめて先に行って下さい」

ソファに座ったままの男に言い置いて、神楽は執務室を後にした。

人気の薄い廊下を進み、昇降機で階下に降りる。

胸の鼓動が不穏な音色を奏でたのは、目的地の扉を前にしたときであった。




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