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「アンタ、性格悪いだろ」
「よく言われるな」
余裕の笑みで返されるのが、また不満だ。
ムキになるのも嫌で、誤魔化すようにまだ湯気を上げるマグに口をつける。
「あ……」
甘いミルクの中に、香る芳香。
砂糖とブランデーが入ったそれは、少年の食道を通り腹の底をほっと暖めた。
「ガキは甘いもん好きだろ?」
「……いちいちムカつく言い方すんなよ」
そう言いながら、もう一口。
真綿のように優しい味と香りが、衣織の周りを漂い、鼻を穿つ不快なものから遠ざけた。
久方ぶりの穏やかな時間は、しばし現実を忘れさせてくれる。
野営地に戻れば、一人膝を抱えて苦痛に息を殺す毎日だった彼にとって、本当に幸せだった。
「今日は、戦闘がないんだな」
傍らで落とされた言葉に、少年はピクリと肩を震わせた。
優しい幻想から、真実に引き戻される。
ホットミルクの香りが、急速に失われたようだ。
「……うん」
小さく頷く。
「何でか知ってるか?」
「聖夜だからだろ」
「あぁ」
一年に一度訪れる今日と言う日。
この日だけは激戦を繰り広げる戦争だとて、休戦となる。
謀略の限りを尽くし、敵を殲滅することに躍起になる戦も、妙なところで生温いものだ。
昨年までは、家族三人で父の作った料理を囲み、団欒を楽しんだ自分が、今は凍えそうな大地にいるなんて。
戦っているときには形を潜める黒い想いが、一日自由な今日は常に傍に感じなければならない。
どうせなら……。
皮肉気に笑ってみせた少年は、不意に感じた温かさにはっと意識を浮上させた。
「忘れていい日なんだよ、今日は」
肩を抱き寄せる腕に戸惑いを隠せず見上げれば、優しい緑の眼がこちらを見下ろしていた。
その色の深さに、胸の奥がドクリと動く。
「自分がやった、すべてのことをな」
夢や幻の日。
己が身を潔白だと信じ、他人を殺めた事実から目を逸らしても許される。
聖夜。
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