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傍らの火澄が、調子を確かめるように指を小さく鳴らした。
「うん、いつも通り悪くない」
「ではお譲りしましょう」
「上官をこき使うのかな」
「まさか。私はあくまで文官ですし、何より上官の活躍の場を奪うのは忍びないだけですよ」
「ふふ、ならお言葉に甘えて手柄を立てちゃおうかな!」
言ったのと、火澄が紅蓮のシールドを張ったのは同時だった。
閉ざされたままの扉を貫いて、無数の水の弾丸が襲い来る。
火澄が使役するのは火精霊のみ。
対する攻撃は水精霊。属性で見れば不利だ。
だが、横殴りの雨は炎幕に激突するや、蒸発したように姿を消した。
術師としての力量で、火澄が相手を上回ったのである。
二人が迎撃態勢を取ると同時に、蜂の巣となった扉を蹴り空け黒装束が飛び込んで来た。
体型からして、まず男だろう。
刺客は両手にカタールを構え、火澄との間合いを一気に詰めた。
術師から潰すのは、戦法として正しい。
多くの術師は体術に疎く、また術の発動に詠唱を要するからだ。
しかし、刺客の刃が狙うはイルビナ軍の緋き天使である。
火澄はシールドの火力を上げると、物理的なカタールの一撃をいとも容易く防いだ。
軍人たちが息を呑むのは、その瞬間である。
刺客の背から勢いよく噴出した水流が、神楽の頭上目がけて降り注ぐ。
「っ!」
神楽は防衛本能に従い素早く回避するも、床に激突して弾けた水流の飛沫に晒された。
軍服に守られた肩や足、頬を掠めて行く強烈な水飛沫。
ピリッと小さな痛みをいくつも感じ、内心だけで舌を打つ。
元から刺客の狙いは神楽であったのだ。
通例通り術師から倒すと思わせて、詠唱破棄で使役した水精霊による攻撃を仕掛けたのである。
どちらが本命の一矢かは、考えるまでもない。
鋭く睨み据えた先には、すでに火澄と距離を取った刺客がカタールを構え直していた。
「いい腕してるね。術師の暗殺者なんて珍しいし、殺すには惜しいなぁ」
火澄は素直に感心した声で呟くと、神楽に目配せをした。
嫌な予感がする。
「ねぇ、この子絶対に死なせないで」
「念のために伺いますが、本気で仰っていますか?」
生きたまま捕えることに対してではない。
火澄が捕縛した刺客をどうするのか、察しての問いだった。
返されたのは、極上の微笑。
綻ぶ花の顔は、有無を言わせぬ気迫に満ちている。
答えは明白だ。
「了解」
神楽は嘆息一つで諦めると、短く了承の意を告げた。
火澄を思い留めることなど、誰が出来ると言うのだろう。
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