西大陸を治める軍事国家イルビナ。

その首都レッセンブルグに鎮座する、イルビナ軍総本部の地下には、国家予算の多くをつぎ込んだ研究施設がある。

一年前に発生したクーデターの後より、北大陸を統治するダブリアとの共同研究が開始され、優秀な研究者や技術者が忙しなく働いている。

世界の均衡を維持する花精霊。

一定期間で滞る花エレメントエネルギーの供給を、永続的なものにするべく、日々開発は行われていた。

プロジェクトの要となるのは、根幹精霊を自在に操る唯一の血族。雪=華真である。



花突を護る保護壁の内側から出ると、神楽が待っていた。

「いかがです。体調に変化はありませんか」
「問題ない。花突は安定しているし、精霊の状態も良好だ」
「そのようですね、数値にも出ています」

神楽が仰いだ先には、施設に設えられた巨大なモニターがある。

表示されている内容は理解できないが、神楽の言葉通りなのだろう。

花突に人の手が入ることは、極力回避すべきだ。

自然を歪めれば、その代償は世界崩壊という形で支払わねばならない。

だが、己が一族を人柱の運命から解放するには、科学技術が必要不可欠。

花精霊に影響が出ぬ範囲で研究を行うため、日に一度は華真族である雪が、直接花突の状態を確認していた。

「データの上では問題ありませんが、可能な限り雪さんにご確認頂きたいのです。やはり、以前のことがありますからね」

そう続けた相手に、雪は深く頷いた。

前元帥・蒼牙の命で術札「花」の開発を進めたために、イルビナの花突は一度大きなダメージを負っている。

それは花精霊の供給量が減少していた、他国の花突にまで影響を及ぼし、レッセンブルグに大きな災厄を招く結果となった。

昨年の一件を経験している以上、神楽が慎重になるのは当然だ。

雪は背後の花突を見やった。

保護壁の内側では、光りの粒子がおだやかな風に吹かれる花の如くそよいでいる。

研究所の明りを落とせば、その輝きはチラチラと舞い飛ぶ蛍にも似ていることだろう。

脳裏に思い描くのは、この大地に根を下ろした妹の命だった。

「協力は惜しまない」
「ありがとうございます。では早速ですが、ご協力願えますか?」

感傷に浸りかけた術師は、即座に返されたセリフに目を瞬かせた。

一体なんだと視線を戻した先では、神楽が繊細な美貌に完璧な笑顔を浮かべていた。

「このプロジェクトは雪さん失くしてあり得ません。ご協力頂けるなら、貴方のご要望には出来る限り応えましょう。我々が貴方に行った内容を思えば、尚のことです。ですが――」

果たして何が続くはずだったのか。

研究所の扉が迎え入れた二人によって、神楽の言葉は虚しくもかき消された。

「絶対ぇイヤだって言ってんだろ!」
「出し惜しみしてんじゃねぇよ。こっちだって一度でいいって譲歩してんだ」
「その一度で死んだらどうんすんだよ、ざけんな!」
「五体満足で帰してやる」
「生きてることは保証しないのかよ!」

張りつめた空気をぶち壊す、言い争い。

イルビナ軍の軍服を纏った長身の男が、小柄な黒髪の少年をからかっている。

その内容は、物騒極まりないものだ。

二人の姿を認めた瞬間、雪は表情を険しくさせた。

傍らの青年が呆れたような嘆息をつくが、気に留める余裕などない。

「面倒くせぇ……。もういいから、死にたくなきゃ本気出せ」
「ちょっ、待っ、こんなとこで抜くな!」

億劫そうに吐き捨てるや、長身の男は伸縮式のランスを取り出し、少年に襲いかかった。

雪の右手が淡い光を纏い、無数の氷の刃が放たれたのは、ほぼ同時である。

その身を貫かんと空を裂いた攻撃は、しかし標的の男に到達する直前に、粉々に砕け散った。

ランスの動きを止め、長身の男――碧は翡翠の双眸で雪を流し見た。

「相変わらず、下手な術だな」
「衣織から離れろ」

嘲弄の響きで投げられた罵倒に構うことなく、雪は絶対零度の気迫で告げた。




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