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寝乱れた安いサンタ衣装を直しつつ、スタッフルームを出ようとした少年は、しかし呼び止められた。
「衣織さん、やっぱり今日は早退して下さい。幸い、客も落ち着きましたし、人手は足りています」
「や、でも……」
「早退しなさい」
「店長……」
「私の言うことが、きけませんか?」
「早退させて頂きます」
にっこりと微笑まれれば、答えは一つだ。
衣織はいそいそと直したばかりの衣装を脱ぎ、身支度を整えると、恐縮しつつ店の裏口から通りへと出た。
太陽の落ちた時分、イルミネーションで街は明るくとも、気温は恐ろしく寒い。
ブルゾンに首を埋めつつ、足早に家路につこうとする。
だが、一歩二歩と行ったところで、視界がぐにゃりと歪んだ。
「っ……」
店長の言うように、本当に体調が悪かったようだと、遅ればせながら実感。
目の前が回る錯覚に陥りかけて、思わず歩道のベンチに座り込んだ。
「あー……このベンチかよ」
小さな声で、呟いた。
あの男が座っていた、ベンチ。
背中を丸めていたのは、誰にも気付いてもらえず、寂しかったからだろうか。
多くの人間の中、たった一人で孤独だったに違いない。
存在するのに、存在していない、存在。
綺麗で、強引で、寂しい、男。
来年また会う約束をした男が、今年のクリスマス、無事に贈り物を届け終えているといい。
すっかりサンタクロースを信じ切っている自分に、苦笑した。
「どうした?」
「え……」
近くで聞こえた低音に、心臓が止まりかけた。
この、声。
新しく、鮮やかな記憶が反応する。
なのに。
地面にピントを合わせた視界に入り込んでいるのは、赤い靴ではない。
黒の靴にボトムも一般的なもの。
うるさく主張する、クリスマスの色とは正反対なカラー。
サンタクロースの彼ならば、あり得ない色彩に浮上しかけた思いが落下した。
誰だ。
彼によく似た声で、話しかけるなんて。
相手は親切心から気にかけてくれたのだろうけれど、衣織は腹立たしくなる。
無言を決め込めば、立ち去ってくれるだろうと考え黙っているも、目に映る黒の靴は動く気配もない。
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