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ガッテーム。
どうしてこんなことになったのか。
自分の行動を振り返れば、ターニングポイントは明らかだ。
あのとき、この男の頭を引っぱたかなければ。
「どうした?」
黙り込んだ衣織の顔を覗き込んで来たのは、衣織が生きて来た十七年の間に見た中で、もっとも美しい男。
名を雪と言うらしい。
「いや、過去に戻れるなら、何としてでも自分を止めてたなって思って……」
「過去に戻りたいのか?」
「三十分ほど前にな」
疲れた風に言えば、雪は不思議そうに首を傾げた。
それから手綱を小さく動かす。
頬を撫でて行く風は冷たいけれど、不思議と澄んだ匂いがする。
まばらな雲を背景に、下方にチラと視線を落せば、駆け足の夜に満たされた地上が、イルミネーションの灯りで宝石のようにきらきらと輝いていた。
衣織は今、そりに乗っている。
隣に座って真っ白なトナカイを操る男の、そりだ。
そのそりは、どこを走行しているか。
答え。
空。
「グッバイ、俺の常識」
「ウェルカム、新しい世界」
「出来るかっ!」
悲哀を感じさせる惜別の台詞に、淡々とした望まぬ返し。
がなったところで効果はないと、すでに理解していたから、衣織は残りの不満を嘆息に変えた。
あの後、どういうわけか彼は、抵抗する衣織をそりに乗せると、逃げられる前に飛び立ってしまったのだ。
下ろせと何度いっても聞かないから、諦めるしかない。
流石に、紐なしバンジー、いやパラシュートなしスカイダイビングは無理だ。
「……サンタって、もっと心が広いと思ってた」
そう、この見目麗しい男は、サンタクロースなのだ。
短期バイトのサンタコスプレではなく、不思議な力を使ってしまう本物の。
雪は大よそサンタのイメージとは結びつかない、からかうような笑みを浮かべた。
「広いだろう。この寒空の中、無償でプレゼントを配っている」
「え、給料でないの?」
「出ない。完全ボランティアだ」
「割りにあわないだろ、よく出来るな」
「心が広いからな」
「……プレゼントの制作費は?」
「企業秘密だ」
「企業なのかよ」
無償じゃねぇじゃん、と突っ込む。
だが大人の洗脳により、幼少時にはほとんど盲目的に信じることを強制されるサンタクロースの実態など、あまり知りたいものではない。
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