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びくりっと肩が跳ねてしまったが、仕方ないだろう。
衣織には、突如として降りかかった非日常の原因が、目の前の人物以外に考えつかないのだから。
「あんた、何したんだよ」
「目立たなくしただけだ」
「意味、わかんないんだけど……」
恐怖と似て非なる感情から、一歩後退れば、どこからともなく聞こえるシャンシャンッと言う鈴の音色。
シャンシャンッ。
街中に流れるBGMに紛れることなく、そのガラス細工のような音は近付いて来る。
なんだ、何かが引っかかる。
これに付随するものを、自分は知っている気がする。
シャンシャンッ。
鈴の音は足音だ。
何の?
「そり……」
「よく分かったな」
「はぁぁぁぁっ!?」
シャンシャンシャンッ!
衣織と男の目の前に滑り込んで来たのは、正しくそり。
随分と立派で、数人くらい乗り込めそうな大きさだ。
純白のそりから伸びた手綱は、美貌の男の瞳と揃いの金色で、これまた真っ白なトナカイに繋がっている。
トナカイの話に元から縁はないが、しかし白いトナカイなど聞いたこともない。
おまけに、その冬色の動物は、鼻だけが林檎のように赤く色づいているときた。
意味が分からない。
色々、意味が分からない。
「このそり、無人……」
「彼らが引いてきた」
男は二列に並んだトナカイを示す。
そうかそうか、なるほどな。
では。
「これどっから来たんだ……?」
「どこから、とは?」
「この道に入って来る前……路上駐車?」
駐車ではないが、表現が見つからない。
けれど聞かなければならなかった。
更に言うなら衣織は「まとも」な答えを、もらわなければならないのだ。
なのに、「現実」からかけ離れている現状でも、現実は容赦のないもの。
男はあっさりと「まとも」ではない解をくれた。
「空だ」
「……空って」
「上空だな。街に下りるから、待たせておいた」
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