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やっていられないとばかりに、衣織は現実逃避も兼ねて周囲に意識を流した。
そしてぎょっとなる。
「ね、あの人超かっこよくない」
「あれモデル?写メ撮りたいんだけど」
「隣の子も、結構顔いいし」
女性を中心に、数多くの視線がこちらに集まっているのだ。
否、正確にはこの美形の電波男に注がれている。
どうしていきなり、人々の注意が向けられたのだろう。
いくらこの対面の存在が美しいといっても、自分が彼を殴る前から彼はここに座っていたではないか。
今更、目立つ理由がわからない。
「おい」
「な、なに?」
突き刺さる目線と、携帯カメラのシャッター音に慄きつつ、ベンチから立ち上がった男を見る。
自分よりもずっと身長が高いから、今度は逆に見下ろされた。
「ここは目立ち過ぎる」
「あんたのせいだろっ」
「俺のせい?」
「明らかにそうだって……。俺、確かに顔悪くないけど、あんた見たいに脚光を浴びるレベルには程遠いから」
言えば、男は難しそうな顔をして。
「とにかく、ここは目立ち過ぎる。移動するぞ」
「はい?」
ざっくりと言い放った。
「なんで俺まで!あんたがどっか行けばそれですむ話……」
「一ひらに集え」
彼の唱えた文言は、それまでの会話とは一線を画す響きがあった。
思わず抗議が途切れてしまう。
衣織が違和感を察知したのは、すぐだ。
有名アーティストのゲリラライヴ並みに五月蝿かった、周囲の喧騒がピタリと収まった。
神経に障るシャッターの電子音も、聞こえない。
慌てて辺りを見回せば、次は正反対の理由でぎょっとした。
「なんで……」
ポロリと転がり落ちる。
興味津々といった様子で注視していたギャラリーが、どこにもいない。
皆、何事もなかった風に通行を再開しているではないか。
それどころか、荘厳なまでに美しい男がいるというに、誰一人として気付いていないようだ。
いよいよ異常だ。
「これでいいか」
傍らの電波男が、言う。
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