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煌くイルミネーション、陽気なクリスマスソング。
寒空の下、仲睦まじく寄り添って歩く恋人たちに、笑顔を浮かべた家族連れ。
一年に一度やって来る、もっとも明るい日を、各人各様幸せに過ごしている。
今日が誰かの生誕日だなんて、彼らの頭には欠片ほども残っていないのだろうなと、ひねたことを考える少年は、ぼんやりとした黒い瞳で街の人並みを眺めていた。
「へっぷし……さむ」
間抜けなくしゃみを、笑ってくれる人はいない。
小さく零すと、彼は赤い衣装に包まれた腕を組んだ。
と、そのとき。
「こらっ、なにサボってんだよ!」
「いっ」
腰に走った衝撃に、バッと背後を振り返る。
視界に映ったのは、自分よりもずっと小柄な一人のサンタ……もといサンタのような格好をした少女だった。
オレンジの髪には、帽子の代わりにトナカイの耳がついたカチューシャが飾ってある。
相手の短いスカートから除く生足を無視して、僅かにヒールのある赤のブーツを睨んだ。
「蹴りはねぇだろ、蹴りは!」
「サボってるやつが偉そうに言うなよ。店長に言ってやろっかなー」
「それだけは勘弁して下さい、ラキさん」
出されたワードに、態度を一変させる。
常に愛想のいい微笑を湛えていながら、その実かなりスパルタな男を思い浮かべ、防衛本能から背筋が伸びた。
「なら、はい!これもよろしく」
そう言ってラキが押し付けたのは、少年がすでに手にしている二倍の量の割引券だった。
「マジかよ……俺、凍死するぞ」
「衣織なら大丈夫だろ?にぃっこり笑って、客を集めて来いっ!」
「……二ヶ月前に戻れ」
十月の頭に新しく入って来たラキの、当初の殊勝な態度が懐かしい。
すっかり店長に感化されてしまって、今ではこの通り仕事の鬼だ。
少年――衣織は滲んでいない涙を拭いつつ、再び人通りの多い道へと歩を進めた。
嬉しくないサンタからのプレゼントだが、もらった自分の格好もまたサンタ。
勿論スカートではないから、これで白い髭でもつければ完璧と言える。
普段ならば奇異の視線を集めるであろう格好も、この日ばかりは誰も注目しない。
街全体を包むクリスマスの装いをした、背景でしかないのだ。
ふぅっと息を吐けば、白いもやが人の流れに紛れて行った。
こちらとは対照的に、どの人もみな誰かを伴って、クリスマスを楽しんでいるように見える。
今日という日にバイトだなんて、ついていない。
恋人がいないと、自ら主張しているようなものだ。
偏見もいいところなことを考えながら、衣織はぼちぼち仕事を始めた。
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