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SIDE:ラキ
「露、草……?」
誰が、誰だと?
身の内に走った衝撃に、心臓が止まってしまいそうだった。
ふらついた少女の体は衣織によって支えられた。
「私兵が口を滑らせましたよ、貴方が露草だとね。ソウ、私たちを……ラキを騙したんですね?」
ひび割れたレンズの奥で悲痛の色を見せながら、それでも翔の口をついて出るのは糾弾だった。
「ソウ……アタシたちを、騙したの?」
「ラキ……」
「嘘だよね?何かの間違いだよね?ソウが、総領主だなんて、露草だなんてっ……」
憤怒の形相の翔に視線を流し、怜悧な瞳の衣織を見て、最後に絶望した、それでいて否定の言葉を待っているラキを視界に入れる。
ソウは長いため息を吐くと、存外しっかりとした口調で言った。
「そうだ。俺は、総領主……露草だ」
最も聞きたくなかったのに。
ソウ―――露草は揺ぎ無い眼で肯定した。
「嘘っ、嘘だよ……。ねぇ、嘘だって言ってよっ!!」
「ラキ、諦めてください。彼はもう、私たちの仲間じゃありません」
翔の剣を握る手に、ぎゅっと力が込められる。
細い肩を震わせる小さなリーダーに、露草は顔を歪ませた。
「……アジトの場所流したのは、あんたか?」
それまで黙っていた衣織が、探るように露草に問いかけた。
少年の微妙な言い回しに露草の眉がピクリと反応する。
「俺は……」
「貴方以外の誰が流したというのですかっ!!」
怒鳴り声と共に血で濁った輝きの刃が振り上げられた。
「翔っ!!」
ラキの静止の呼びかけは遅過ぎた。
鞘から引き抜いた刀身で攻撃を受け止め、露草は力任せに翔の華奢な体をホールに向かって薙ぎ払った。
傷を負った足では堪え切れず、ホールの床に転がってきた青年にラキが反射で駆け寄る。
「翔!?大丈夫っ?」
阻む人影を排除した露草は、その隙に外へと走り出す。
「待って!!ソウっ!!」
「ラキっ」
後を追おうとした少女の腕を、翔は渾身の力で引きとめた。
強かに打ちつけた身を何とか起こし、こんな時にでも的確な助言を与えなければならない役目は、あまりに悲しく思えた。
「今は追う必要はありません。彼が総領主であるならば、いずれ必ず衝突する相手です」
「けどっ、でもっ」
「落ち着いて下さい。貴方が今しなければならないのは、彼を追うことではないはずです。リーダーとしてっ……ゴホッ……くっ」
「翔っ!!」
口から血塊を吐き出すと、青年は意識を失ったようだ。
騒然となったホールの中、衣織だけは今起こった全ての出来事を、正確に反芻していた。
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