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艶やかな黒髪も。
整った白い顔も。
しなやかな四肢も。
その総てを紅に染めた少年は、見る者の心を容赦なく奪った。
衣織が足を進めるたびに、赤黒い水溜りが生まれ、べったりと頬に張り付いた髪からはポタリと赤い雫が零れ落ちる。
全身に紅を纏った中で、黒い眼は静謐な輝きを見せていて、誰も彼も少年の姿に見入ってしまう。
不可思議で妖艶。
禍々しく悲哀。
まるで現実感のない、紅の戦神。
彼が発する凶暴な魅力にホールは飲み込まれた。
「ラキ?どうした、変な顔して?」
だが、口を開いた少年の言葉に、一同は詰めていた息を吐き出した。
一瞬、まるで別人のように見えた衣織に、ラキは苦笑を浮かべる。
気のせいか。
「遅いよ。心配してたんだ。怪我は?」
尋ねられて答えようとした時、衣織はラキの背後にいるソウに目を留めると、表情を硬化させた。
「衣織?どうしたんだ?」
「ラキ、こっち来い」
意味が分からず首を傾げたが、それでもラキは少年の下へと足を向けた。
もしかしたら、甚大な怪我を負っているかもしれないと心配になったのだ。
しかし、彼のとった次の行動にラキ――いや、ホールにいた全員が目を疑った。
「なんの真似だ?」
衣織は銀色の銃口を迷いなく真っ直ぐに、唯一人扉に寄りかかっているソウに向けた。
引き金にかけられた指に、少年の本気が見て取れる。
「衣織、何やって……」
「他のヤツらはどこだ?」
ラキの驚きの声を遮って発せられた台詞に、ソウの顔が瞬時に強張った。
「私兵の援軍にきりがなくて、翔と他のヤツらが足止めをしてくれたんだ。俺と術師の兄ちゃんだけは、必ずセカンドブロックに戻れって」
ソウの紡ぐ後悔で苦くなった言葉に、ラキは震える手で再びペンダントを握る。
抱いていた悪夢が突きつけられたようだ。
「じゃあ、じゃあ……翔……みんなは……」
堪えかねるように褐色の青年が顔を伏せ、それがラキの予感を確実なものに変えていく。
けれど、辺りを包んだ悲壮感の中で衣織の声だけは明確な疑念を表していた。
「なら、雪はどこだ?」
「分からない。ここで来る途中にはぐれ……」
「いくら幹部だからって、どうして翔さんより戦闘能力の高いあんたが残らなかった」
「それは……」
「ちょっと、衣織っ?さっきから何言ってるんだよ?」
混乱したラキを黙殺する。
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