凄惨。
SIDE:翔
「翔っ!!」
自分を呼ぶ声に応じるように、青年は敵の腹を蹴りつけた。
衝撃に吹っ飛んだ私兵は仲間を数名巻き込んで、無様に昏倒してくれる。
切っ先に向かって湾曲した剣――シャムシールを構えたまま、翔は横目で援軍を確認した。
「ソウ、助かりました」
数十名の仲間たちと現れた褐色の肌の男は、早速敵と切り結んでいる。
冷えた輝きを放つ刀身は、こんなときでも芸術的な美しさを誇っていて、ついつい見惚れてしまいそうだ。
扱い難いはずの刀は、ソウという優秀な持ち主によって、華麗な軌跡を描きながら茶色の制服の男達を血の色に染め上げていた。
「状況は?」
「入り口を爆撃されたと同時に、私兵が乗り込んで来ました。相手の数は恐らく中隊程度かと。こちらの被害は現在までで十名前後と推測できます」
軽い舌打ちが返されたが、行儀の悪さを注意している場合でもない。
左から振り下ろされたサーベルを、翔は素早く受け止めた。
押し合いは負が悪いと知っていて、わざと退かないままでいると、相手の男がニヤリと汚い笑みを浮かべる。
優雅な微笑で応えた瞬間、腕にこめていた力をふっと抜きスルリと身を逃がした。
いきなり相対する圧力を失って敵の体が間抜けに傾いたところを、背後から首を狙って剣を真横に引き切った。
パッと飛び散る鮮血が、翔の白い頬を汚す前に後退した。
「容赦ねぇな」
「敵の血に塗れる趣味はありませんから」
ソウが敵をいなしながら文句を言ってきたソウに、翔は薄く笑って見せた。
しかし、余裕のやり取りをしていられたのもそこまで。
周囲の状況は思った以上に悲惨なものだった。
次々とレジスタンスのメンバーが駆けつけるも、ホールには圧倒的に私兵の姿が多いのだ。
元々の戦闘員数に差があるのだから仕方がないが、これは非常に不味い。
私兵とて他国の軍に比べたら、天と地ほどに人数差があるのだが、これでは総力で潰しにかかって来ているようなものだ。
「キリがねぇな」
忌々しげなソウの言葉に頷きかけたとき、涼やかな低音がホールに木霊した。
「一ひらに集え」
無数の氷柱が天井から降り落ちたのは次の瞬間。
鋭利な切っ先は翔の背後に迫っていた私兵の頭蓋を砕き、股下まで一気に貫通させる。
「ぎゃぁぁぁっ」
「っ……がっぁっっ!!」
私兵のみを正確に捉えた凶悪な攻撃は、あまりにも凄まじかった。
即死できなかった者は、四肢を裂かれて倒れ伏す。
凄惨な阿鼻叫喚図。
ホールの床に赤黒い絨毯が敷かれた錯覚に陥る。
あまりのことに驚き隠せぬ瞳で、翔もソウも声が聞こえた方を振り返った。
それが誰の仕業なのか分かってはいたけれど、確認せずにはいられなかったのだ。
「雪さん……」
右手を淡く光らせる美貌の主は、この残虐な世界の中でも洗練で穢れ一つない。
奇跡のようなその姿に暫時目を奪われていたが、また新たに現れた敵の群れが現実に引き戻してくれた。
「兄ちゃんにばっか、カッコつけさせてらんねぇだろっ!」
ソウらしい発言に苦笑しつつ、翔もまた新たな私兵と刃を交えた。
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