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「非戦闘員はセカンドブロックへ!他のヤツはホールで私兵を迎え撃てっ」
ソウの怒号が響き、通路は瞬く間に人で埋め尽くされた。
部屋に飛び込んできた男によれば、前触れもなく現われた私兵の奇襲を、ホールに居た翔が他数名の戦闘員と共に食い止めているらしい。
武器を手にする男たちが勇ましく駆けていく様子に、衣織たちも後を追おうとしたのだが、笑顔を消した表情のソウに呼び止められた。
「チビはラキと一緒にセカンドブロック行け。術師の兄ちゃんは借りてくぞ」
「ちょっ、チビってこの……」
「どうしてっ!?」
自分の呼称に対する文句は、ラキの声にかき消された。
「アタシもみんなと戦う!逃げたくないっ」
必死の形相でソウの腕にしがみつく少女の頭を、彼は慣れた手つきでかき混ぜた。
それはどこか、聞き分けのない子供を窘める様子にも見えたが、男の表情は真剣そのもの。
衣織は内心だけで、溜息を吐く。
「バカ。人の話は最後まで聞け。お前の仕事は、搬入した武器をセカンドブロックに避難させることだ。この緊急事態に、誰が戦力を無駄に配分するか」
「けどっ……」
「フロアの壁が破られたら、私兵が奥まで来るんだぞ。パニックになったらリーダーのお前以外、誰が他のメンバーをまとめられる?いいか。非戦闘員の護衛もお前に任せる」
尚も言い募ろうとしたラキの口を、背後から手で塞いだ。
ここで押し問答している猶予はない。
「了解。合流は?」
「セカンドブロックのフロアで待機してろ。終わったら足つかないようにそっち行く」
目だけで礼を言う彼に早く行けと顎をしゃくると、ソウは足早にホールへ向かう男たちの波に紛れてしまった。
対して、一向に動く気配がないのは雪である。
こちらを凝視したままの男に、衣織は先ほどの気まずさを思い出す。
拒絶の腕は記憶の中枢に焼きついてしまったらしく、容易く蘇った先ほどの一件に呼吸が苦しくなった。
だが、今そんな物思いに囚われているわけにはいかない。
さり気なく対面を窺えば、未だに金色の双眸は少年を捉えていた。
見ているくらいなのだから、何か言いたいことがあるのだろう。
さっさと言えばいいのに、と胸中で思うに術師が口を開く様子はない。
もう一度だけ小さく息を吐くと、衣織は観念したように目を合わせた。
「……後でな」
ややぶっきらぼうな言葉に、雪は申し訳なさそうに、またほっとしたように微笑んだ。
「あぁ」
言うや、すぐさま身を翻して、戦闘に繰り出すレジスタンスの群れに加わって行った。
譲歩してやった自分を褒めてやろうかと思いかけ、留まる。
彼が一歩を踏み出せずにいたのは分かっていたが、噛み合わせの悪くなったまま別れるのは、衣織としても回避したかったのだからお互い様だ。
じっと見つめて来たあの眼は、己の瞳でもあったのだろうと考えていると、腕の中でもごもごと動くものがあった。
しまった、忘れていた。
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