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「ソウですか。武器の搬入は?」
「問題なし。コイツらは?」
言いながら、衣織たちを親指で指差す。
不躾ではあるが、育ちがいいわけでもないので気にしない。
「あぁ、彼らは……」
だが、翔の返答が最後まで言葉になることはなかった。
黒髪の少年に目を留めた男は、僅かに瞳を眇めた後。
切れ長の輝きを見開いた。
瞬間、眼前に迫った切っ先に、衣織の反射神経が身を反らせた。
叩き付けられる凄まじい殺気に素早く飛び退いたときには、手の中にシルバーの銃が収まっている。
無意識で取り出すほど、ソウと呼ばれた男は衣織の防衛本能を刺激したのだ。
「ラキ吹っ飛ばしたガキって、てめぇだろ?」
「ソウっ」
感情を圧縮したような低音が響き、額にじんわりと汗が浮かぶ。
引き金にかかった指が、使い手の制御を離れ反応してしまいそうだった。
翔が慌てたように男を制すが、彼の手に構えられた刃は鋭利な輝きを保ったまま。
「あんま調子こいてると、消すぞ?」
明確な敵意を研ぎ澄ませ凝縮した低音が、少年の鼓動を加速させる。
ソウが再び攻撃の一歩を踏み出そうとしたのと、彼の刀が絶対零度の氷に覆われたのは同時であった。
「なっ!?」
「消えるべきは、お前だ」
宣告は恐ろしいほどに冷たかった。
雪の手が己の刃に向けられていることに気付いた男が息を飲む。
黄金に輝く眼はソウに低温火傷をおこさせた。
どちらが消される側か。
答えは明白。
凍えるほどの意思は強烈で、助けられた衣織すら背筋に走る感覚に慄いた。
「そこまでになさいっ」
手を叩く音と共に、翔が厳しい声を上げた。
立ち込めた危うい気配が霧散され、張り詰めていた空気が弛緩する。
「ソウっ。彼らは大切な協力者です。砂漠でのことは襲撃したこちらに非があります。怒りを納めなさい」
「ちっ」
やや怪訝そうな顔で舌打ちをすると、ソウは刀を下ろした。
「衣織さんも、銃を。雪さんもです」
翔の言葉に雪は渋々と刃を覆う氷を消し、氷点下の殺気も姿を潜めた。
勿論、顔は不満そのものだったけれど。
「ラキに報告に行く途中でしょう?私も彼らを部屋に案内したら向かいますから、先に行って下さい」
「わかった」
短い返事でソウは身を翻すと、ホールに向かって姿を消した。
「仲間が失礼をしました。申し訳ありません。お部屋はこちらです」
頭を下げた後、気を取り直すように歩みを再開させ、雪もそれに従う。
けれど、衣織は動かなかった。
動けなかった。
少し、衝撃が強すぎた。
雪のあんな姿は初めて目にしたから。
殺意を込めた瞳など、今まで一度も見たことがなかったから。
心臓が早鐘のように脈を打ち、脳は混乱を極めていた。
「どうした?」
気が付いた雪が振り返る。
銃もそのままに、呆然と立ち尽くす衣織を怪訝そうに見やる。
当然だ。
けれど、返事は出来なかった。
自分のためにあれほど激怒してくれたと認めるには、心がまだ追いついていないのだと、意味も分からずそう思ったのだった。
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