無自覚の優しさ。




SIDE:雪

話の矛先を向けられて、雪は大きなため息を吐く。

部外者にとっては「勝手にやってくれ」、という内容だった。

よほどのお人好しかボランティア精神旺盛な人間でなければ、命の危険に晒されるかもしれない抗争に参戦することを承諾できるものか。

おまけに、政府発足のための抗争だなんて、長期間拘束されること請け合いだ。

自分の故郷ならばまだしも、何故に他所の国に内情に関わらねばならない。

「なぁ、頼むよっ。報酬だったら出すから!!」

衣織の肩が、ピクリと反応したのが目の端に映った。

必死に食い下がる少女に胸を打たれた、わけではないことくらい、付き合いの浅い雪にも容易に察せられて半ば呆れる。

「報酬って言ったって、あんたらレジスタンス程度に期待なんか出来ないだろ?」
「舐めないでよ。アタシたちだって普段はカシュラーンの商人だよ。大抵のものなら揃えられる。もちろん金だって……」
「ネイドの国民じゃない俺が、どうしてお前らの為に命賭けなきゃなんねぇんだよ?生半可な見返りじゃ、指一本だって動かさねぇからな」
「相応の報酬は当然考え……」
「相応って、誰が決める?あんたらが判断するのか?無関係な争いに巻き込まれるのは、俺たちなのに?」

完璧に衣織のペースだった。

商人としては未熟なラキが相手ということもあるが、少年の誘導は面白いくらい上手く行った。

ラキが言うそばから言葉を返すので、不穏に思った翔が口を挟む隙もない。

「何が望み?」

オレンジ髪を掻きむしりながら、半ば自棄になって小さなリーダーが言った途端、それまで頑なな姿勢を見せていた衣織がニヤリと微笑んだ。

金にガメツイ衣織のことである。

大方、高額の報酬を提示するのだろうと予想していた雪が驚いたのは、衣織の次の発言にだった。

「あんたらこの辺りの地理に詳しい?」
「そりゃあ、まぁ。なんで?」

訝しげな視線を真っ直ぐに受け止めると、少年は自分の要求を口にした。

「立入禁止区域への抜け道が知りたい。それが、報酬として求めるものだ」

軽い衝撃に雪は呆然となった。

横にいる自分よりも頭一つ分小さな男は、何と言っただろう。

立入禁止区域に用があると、雪は確かに言った。

だが、まさか自分のために、彼が金品での報酬を投げ打つとは考えもしなかった。

自分のため?

「立入禁止区域って、なんでそんなとこ……」
「分かりました。安全な抜け道をご用意しましょう。それが報酬ということで、よろしいですね?」

ラキを遮ったのは翔だった。

素早い決断に彼の賢さが察せられる。

「だってさ。悪いけど、仕事手伝ってくれねぇ?」

すまなそうに見上げられて、雪は困惑する。

どうしてお前がそんな顔をするんだ、と。

雪のために引き受けたのだろうに、彼が自分に下手に出るのは間違っている。

そこでハタと気付いた。

この黒髪の少年の、無自覚の優しさを。

胸の奥が、ほんのりと熱を持つ。

「当然だ」

自然と浮かんだ微笑に、こちらを注視していた衣織の瞳が見開かれる。

惚けたように見つめてしまった事実に気が付いたのか、慌てて平常を呼び寄せると、頬を赤らめて術師を凝視しているラキに向かって手を差し出した。

「何でも屋、衣織、レジスタンスのご依頼引き受けました」




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