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すぐに紅茶が運ばれてくるところからも、行き届いた屋敷であることが窺える。
「屋敷のなか入るには入れたけど、アンタなんて言って立入許可貰う気なんだ?」
遠慮なくティーカップに口を付けながら、並んで座った男を横目で見やった。
門兵を騙すことは可能でも、さすがの衣織だって目的も知らずに立入許可をくれとは言えない。
まだ怒っているのか、雪は何も答えなかった。
黒目を伏せると、少年はふぅっとため息を吐く。
「猫被って礼儀正しく聞けば、俺だって殴らなかった。悪かったよ」
「別に、殴ったことはもう怒っていない」
「は?じゃ、何にキレてんだよ」
「お前が……」
『衛兵ごときに愛想よく笑ってやるからだ』という言葉は、不意に響いたノックによって、雪の口から発する機会を失った。
「失礼致します」
爽やかな声と共に現れたのは、線の細い赤毛の青年だった。
優しげな面立ちに洗練された所作が美しい。
彼は衣織たちの正面のソファに腰掛けると、丁寧な自己紹介をした。
「私は総領主の補佐を務めます、葉月と申します。お二方の本日のご用件は、営業許可証の発行ということでよろしいですか?」
「あ、えっと実は」
衣織は慌てて雪に視線を投げる。
自分では答えられないのだ。
「私は『廻る者』です。総領主様に立入禁止区域の立入許可を頂きたく参りました」
今度はしっかりと猫を被ってくれて、密かに安堵しつつ、衣織は正面に座る男に目を戻した。
だが、葉月の表情に浮かんだ驚愕の色を見て眉根を寄せた。
何を驚いているのか、と言うよりも、葉月が少年には聞き慣れない『廻る者』を心得ているような反応が、怪訝でならない。
「『廻る者』……」
そう呟くと、彼は何事か考える素振りを見せた後、真っ直ぐに雪を見た。
「総領主から伺っております。すぐにでも許可を出したいのですが……」
「何か不都合でも?」
雪の言葉に、葉月は苦い声で返事をした。
「現在、総領主様はどなたとも面会することが出来ません。そして、立入禁止区域については私の一存では許可できないのです」
「マジ……?」
予想外の展開に、衣織は思わず地が出てしまう。
これでも雪のことを殴れない。
「面会出来ない、というのはご病気か何かでしょうか?」
「えぇ、申し訳ございません」
まるでそれ以上の追求を避けるかのように、葉月はきっぱりと言った。
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