不在。




翌日、昼前に宿を出た二人は、白亜の屋敷の前に立っていた。

屋敷といってもあまり大きなものではなく、これが商業国総領主の邸宅かと思うと驚きだ。

通り一本隔てた向こうには、首都最大の市場が広がっているせいで、活気のよい客引きの声が聞こえてくる。

「なんか意外なんだけど」
「そうだな」
「庶民派ってやつか?」

首を傾げる衣織の言葉には答えず、雪はさっさと鉄扉にいる門兵に近づいて行く。

そうして応じようとした門兵に、驚くべき発言をかました。

「総領主はいるか?」

開口一番なにを言うんだ、この術師は。

衣織はぎょっと目を見開くと、手加減なしで雪の後頭部を引っ叩いた。

「っ!?」

物凄い形相で睨まれるも完全無視を決め込み、門兵にのみ笑顔を向ける。

非常識発言ですっかり不審顔の相手に、内心だけでだらだらと冷や汗だ。

「突然のことで申し訳ないのですが、総領主様にお取次ぎ願えますでしょうか。お話ししたいことがあるのです」
「……どういったご用件でしょうか」

丁寧に言い直してはみたものの、衣織だって簡単に面会出来るとは思っていない。

雪の暴挙の後なら尚更のこと。

衣織はこの街に関係する情報を素早く処理すると、淀みなく言葉を紡いだ。

「カシュラーンで新たに事業を起こそうと思っているのですが、総領主様の許可を頂きたく参上致しました」

ネイドでは新しく商売をするときに、必ず総領主から営業許可証を発行してもらわなければならない。

許可証がなければ営業が認められず、見つかり次第処罰される。

どんな商人がどんな商売を行うのかを把握するために設けられた制度なのだが、現在の総領主になった時から、総領主直々に審査をすることになっていた。

当然、衣織たちの面会理由は許可証の発行ではないのだが、門兵程度に『立入禁止区域に入れてくれ』などと言ったら、胡乱げな眼差しを注がれるだけでなく、危険人物のレッテルを張られて領主に会うどころではなくなってしまう。

嘘も方便、ではなく。

騙される方が悪い、という理念を掲げる衣織は、その整った顔に極上の笑顔を乗せて、全力で相手の兵士を欺いた。

黒髪の美少年をしばし呆然と見ていた門兵だったが、慌てて開門すると二人を奥へと促した。

「奥に案内がおります」
「ありがとうございます」

もう一度笑みを浮かべると、衣織は背後で無表情に不貞腐れている美貌の青年に、目で催促をした。

玄関扉へと続く短い階段を上がると、すぐに観音開きの片方が開かれ、玄関ホールへと招き入れられた。

待機していた下女に案内されたのは、応接室のようだ。

室内は外観同様に派手ではなかったけれど、それとなく配置された絵画や調度品は、目利きの衣織にはすぐに高価な品だと判断出来た。




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