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「あのさ、本当は聞きたくないんだけど……」
雪に付いて行くと決めたからといって、彼の素性を詳しく知りたいわけではない。
むしろ、面倒事の臭いのする彼については、なるべくなら知らないでいたかった。
しかしどうしても耐え切れずに、衣織は渋面を作りながらも口を開く。
「なんで行き先が、立入禁止区域なわけ?」
そもそも、彼らの本当の目的地はカシュラーンではない。
カシュラーンに程近いところに位置する、ネイド指定の立入禁止区域だ。
足を踏み入れるならば、総領主の許可が必要不可欠。
もし無許可で立ち入ろうものならば、即刻捕まって処刑される。
お陰で、会えるかどうかも分からない総領主とやらに、面会を求めて都入りしたのだった。
面倒な場所に行きたがる男に、少々うんざりした視線を投げるも、寄こされたのは素っ気ないとも言える回答。
「そこに用がある」
「あー、ソーデスカ」
そりゃあ、用がなければ行かないだろう。
眉を寄せると、衣織は寝返りを打って雪に背を向けた。
明確な答えをくれない彼に、だんだんと腹が立ってくる。
一緒に旅を始めたのだから、理由くらい話してくれてもいいだろう。
何しろ衣織は、旅の趣旨さえ聞かされていない。
そう思ってから、自分の矛盾に気がついた。
雪のバックグランドは知りたくない。
当然だ。
下手に関われば、今以上の面倒事に巻き込まれるかもしれない。
けれど。
どんな目的を持って旅をしているかは、知りたいと思っている。
現に今、答えを得られなかったことに軽い怒りすら感じていた。
大体、面倒が嫌ならば、故郷の北国で別れてしまえばよかったのだ。
それなのにこうして海を越えた土地にまでやって来てしまっている。
これは、変だ。
理詰めで物事を考えるタイプではないけれど、やはり理屈が通らないと思ってしまう。
拮抗する二つの感情。
生じた矛盾。
「おい」
急に押し黙った少年に、雪の不審そうな声がかかるも遠い。
これは、なんだ。
相対する二つの思いが、頭の中で渦を作る。
自分は本当に知りたくないのだろうか。
本当は―――。
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