橙。




薄暗く狭い室内に入ると、小さな人影はそのまま奥のベッドに倒れこんだ。

蹴られた鳩尾が鈍い痛みを訴えて、顔を隠す布の下で苦悶の表情を作ると、シーツに身を擦り付ける。

「ラキ、大丈夫ですか?」

心配そうな声が後ろからかけられて、影は慌てて飛び起きた。

「翔っ。だ、大丈夫だよ。ぜんぜん平気っ」

振り返った先で痛ましげな色を浮かべていたのは、青がかった黒髪の美しい青年だった。

薄い桃色の唇と白磁の顔は、まるで精巧に作られた人形のようだったが、眼鏡の向こうに見える髪と揃いの黒い双眸は、はっきりとした感情を宿して自分を見つめていた。

繊細な動きで眉を寄せる彼の手には薬箱がある。

「骨が折れているかもしれません。見せて下さい」
「えぇっ!?い、いいよっ。平気だよっ」

狼狽した声をあげる相手には構わず、翔はベッドの脇に膝をついた。

「いいから、早くしてください。あぁ、まったく砂も払わずにベッドに上がって……」
「大丈夫だってば!それより、翔の方こそ平気なの?弾は当たらなかった?」

青年の細長い白い指に、顔を覆う布を優しく奪われながら、影は不安そうな声で尋ねる。

「えぇ、私は大丈夫でした。……後で顔を洗って下さいね」

布の下からオレンジの髪が零れ落ちると、現れたのは一人の少女だった。

ネコ科を連想させる大きな瞳が印象深い。

「感情的に動いてはいけないって、何度も言ったのに。ラキ、貴方って人は」
「ごめん。けど、シドが撃たれたのを見たら……つい」
「彼の行動も軽率でしたね。あれでは相手も黙っていられない。はい、見せて下さい」

ラキは幼さの残る面に朱を走らせたが、諦めるように着ていたシャツをたくし上げた。

彼女の鳩尾は、赤紫に腫れていた。

攻撃の威力を物語るような痕跡に、翔の顔がみるみる強張っていく。

患部にそっと触れられて、ラキは鈍い痛みに肩を震わせた。

「あの男っ……」

吐き捨てるように漏らすと、翔は自身を落ち着けるように眼鏡のブリッジを押し上げてから、ベッドに腰かける少女を見上げた。

「綺麗に鳩尾に入っていたようで、骨は大丈夫そうです。二、三日もすれば痛みも引くでしょう」
「そっか」

慣れた動きで湿布をすると、丁寧に包帯が巻かれる。

薬箱から小包を取り出し、グラス一杯に満たされた冷水を差し出した。

「痛み止めです。しばらくは安静にしていて下さい」
「心配性だなぁ。アタシは平気だから……」
「駄目です」

素気無く一刀両断されて、ラキは頬を膨らませた。

その様子にふっと表情を緩めると、翔は隣に腰を下ろした。

間近で見つめられて、ラキは恥ずかしそうに身じろぐ。

「貴方のことが心配なんです」
「翔……」
「私の命の恩人ですからね」
「……」




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