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「あー、船は良かった……」
「そうだな」
休むことなく足を動かしていたおかげで、随分街に近づいたようだ。
視界にはすでに、街の外壁が映っている。
それでも、後もうしばらくはこの砂の海から逃れられないと思うと、ダブリアからこちらの大陸までに使用した海路が懐かしくなる。
ヴェルンよりも数倍栄えているシストから乗船した船は、絢爛豪華な旅客船だったのだ。
おまけに雪のとった部屋は高額の上等客室。
飛び込み乗船だったために、その一室しか空いていなかったのだが、実に優雅な旅と言えた。
ネイドに到着するまでの三日間、旅路の暇潰しにと船内では煌びやかなパーティまで催された。
上質な船旅は、この過酷な状況ではついつい思い出してしまう位に、素晴らしいものだった。
ぼんやりと追憶に耽っていた衣織の耳に、微かなエンジン音が聞こえたのは次のとき。
猛スピードでこちらへと接近して来ることに気づき、彼は隣の青年に視線を送った。
「分かっている」
こくんと頷く雪も、すでに承知していたらしい。
表情を引き締め警戒態勢に入ったのと、それが姿を現したのはほぼ同時だった。
数台の薄汚れたジープが、砂丘の向こうから飛び出して来たのである。
年代物の機関銃の連射音が、乾いた空間を引き裂いた。
「うわっ!」
「っ」
すぐさま飛び退くも、マシンガンの勢いは緩まることがない。
オープン仕様のジープから身を乗り出し発砲を続けるのは、体格から男性と判別できるが、顔にぐるりと布を巻きつけているために人相までは判然としない。
それどころか、突如として現われた敵集は、皆揃いも揃って同じように布を巻いたり、帽子を目深に被っている。
「なんなんだっ!?」
異様な光景に山賊かと疑う内に、急停車をしたジープから、何人もの人間が各々武器を片手に飛び降りて来る。
だが、最初の機関銃のように、銃器が使われることはなかった。
襲い来る男たちは、この地方特有の半円型に反った剣――シャムシールを構え、二人をぐるりと囲い込んだ。
「このクソ暑い時にっ!」
うんざりを通り越して怒りが湧き上がる。
衣織は珍しくも自分から仕掛けた。
ジャケットの下のホルスターから鉄の凶器を取り出すと、目にも留まらぬ速さで引き金を連打した。
もちろん威嚇射撃なので、敵に被弾させるようなヘマはしない。
戦い慣れた相手ならば、衣織の意図が伝わっただろうに、顔を隠した男達は一斉に殺気を漲らせた。
僅かに覗く二つの目という目が衣織を睨みつけ、弧を描いた刀身を振り上げ攻撃に移ろうとした。
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