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本当に、凄まじい実力者だった。
存在自体が希少な術師だが、下級精霊とは言え詠唱破棄を行えるほどならば、どこの軍に行ってもまず間違いなく幹部になれる。
地位も財産も名誉も約束されるというのに、これで無所属とは。
よっぽど無欲な人間なのか、はたまた何か理由があるのか。
思案する紫倉の前で、碧は意味深に微笑んでいた。
それから、先ほどから沈黙してしまった上官に目を落とす。
「なんだよ、火澄。やけに静かになりやがって」
「……紫倉、彼らの行き先は分かってる?」
碧を無視すると、彼は元の優しい調子で紫倉に問いかける。
呼び方も元に戻っていることから、彼女は内心安堵の息を漏らした。
「はい。ヴェルンに最も近い港から、ネイド行きの船に乗船したのが確認されています」
「ネイドか」
「いかがなさいました?」
窺うように尋ねた女性士官に、火澄は楽しそうに笑った。
華やかな笑みは花のようで、瞬間的に見蕩れてしまう。
「興味深いね。銀髪の術師も……それと、黒髪の子もね」
決して女性的ではなく、男性的な甘い顔立ちの彼に、碧が怪訝な表情を作る。
「なんだよ?」
「分かってるくせに、君はそう言うんだもんなぁ」
「……意味分かんねぇよ」
「そう?会ってみたいとか、思わない?」
不機嫌に呟いた彼の顔を、ハニーブロンドを揺らしながら覗き込む。
「追っての手配を?」
紫倉の言葉に火澄は首を振る。
「いや。二人の目的地がネイドなら、彼が行ってる」
「あぁ、そういやお前んとこの副官いねぇな。なんだ、任務中か」
そう。と肯定した時、控えめなノックの音が室内に響いた。
「はいはーい」
「失礼致します。そろそろ会議のお時間です。お迎えに上がりました」
男性士官は緊張した面持ちで、敬礼をしている。
それもそのはず。
この部屋にいるのは、国のトップ。
紫倉=清凛大佐が男を下がらせると、碧中将が絨毯に落とした煙草を踏みにじった。
そして。
「あっ。そういうことするなら、もうこの部屋での喫煙禁止にするよ?」
火澄=苑麗大将が眉を寄せた。
軍事国家イルビナ。
世界の西に位置するこの国は、麗しき緋色の加護がある。
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