最高幹部。
恐ろしいほどに、静かだった。
完全なる静寂が辺りを埋め尽くし、彼女の高いヒールが奏でるはずの足音は、長い廊下に敷き詰められた真紅の絨毯に吸い込まれていた。
金髪の下の白皙の面は、彼女らしからぬ緊張の色で覆われている。
先日の任務より戻ったばかりの女は、重い足をそれでも上司の部屋に向けたのだが。
生憎と相手は不在であった。
お陰でもう一人の上司に報告に行かなければならない。
どこまでも続くかと思われた廊下は、まさかそんなわけもなく、とうとう目的の部屋の扉までやって来てしまった。
紫倉=清凛は、己の惨めな結果を伝えなければならないことを思い、紅の唇を噛み締めた。
昂ぶり始めた感情を抑えようと、一度だけ深呼吸をする。
そうして、ようやくこのフロア唯一の扉をノックした。
「紫倉=清凛大佐です。ご報告に上がりました」
『どーぞー』
応じたのは、間延びした暢気な声。
紫倉は緊張を解かずに、繊細な細工の施されたドアノブを回した。
「失礼致します」
「やぁ、紫倉。おかえり」
完璧な敬礼をした彼女の視線の先には、優しく微笑む一人の青年が、重厚な造りのデスクに着いていた。
広々とした室内には、青年のためだけに造られたデスクと、応接用のソファセットしかないのだが、紫倉はふと目を流した先のソファに座る先客に目を見開いた。
「よぉ、帰って来たのか」
「碧様っ!」
紫倉が真っ先に報告に向かった不在の相手は彼である。
瞠目する部下に、碧は吸っていた煙草を灰皿で揉み消しながらニヤリと笑った。
その拍子に薄い唇の隙間から、牙さながらの犬歯が覗く。
樹海を思わせる深い緑の髪が、精霊石の放つ明かりを受けて鈍く光った。
「ヤバかったみたいだなぁ?」
「……申し訳ございません」
鋭い翡翠の瞳に射抜かれて、紫倉は顔を真っ赤に染め上げた。
敬愛する彼に、己の無様な姿を晒したことが恥ずかしくてならない。
俯かせた彼女の様子に、碧は上質のソファから立ち上がると、広い歩幅で近づいて行く。
「ま、そういうこともあるだろ。お前の実力は知ってる、次も頼んだ」
ポスッと軽い衝撃を頭に感じ、恐る恐る見上げた紫倉に、碧は力強く頷いた。
女性としては長身の部類に入る彼女だが、上司の身の丈は百九十に迫る。
上から頭を撫でられて、紫倉は先ほどとは違った意味で赤面した。
「えぇと、その、いいかな?」
遠慮がちなもう一人の声に、夢見心地だった紫倉は慌てて居住まいを正す。
対する碧はといえば、少しの動揺も見せずに声の主の方へと足を進めた。
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