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この世界は花精霊によって支えられている。
花突から湧き出る花精霊が、各地を滞りなく廻ることで均衡が保たれるのだ。
一定の歳月で勢いが衰える花突の力を助けるのが、一部族である華真族の花石だった。
もし、花神なんてものがなければ、雪の心に深い爪痕を残した、痛ましい事件は起こらなかったはず。
彼の過去を知ってから、何度も何度も考えたことだった。
それだけじゃない。
世界の命運を華真族だけに背負わせるなど、明らかに間違っている。
少年はじわりじわりと広がって行く感情に、頬を緩ませた。
雪がこれを知れば、きっと火澄に協力するはずだ。
一族の暗い宿命に傷つけられたからこそ、負の連鎖を断ち切りるために力を惜しむわけがない。
別室で待っている男に早く教えたくなって、衣織は間もなく席を立った。
「じゃあ、俺行くな」
「次に会えるのはいつになるだろうな」
「そう遠くないって。まずは天園に行って、それからイルビナだろうけど」
「私がお前の顔を忘れる前に、術師を連れて帰って来い」
「なら当分戻らなくても平気か」
嘯くと、翔嘩は花のように笑った。
見送りを断り、一人扉を開けて廊下へと出る。
そここに備えられた精霊石で、通路はそれなりに温められているが、暖炉のある室内ほどではない。
ひんやりとした空気に首裏を撫でられ、衣織が肩を竦めたのと同時に、左手から白い人影が歩いて来た。
「お、いいタイミング。雪!」
「終わったのか」
「うん、今な」
横に並んで歩き出すと、雪の手が当たり前のように衣織のそれをとった。
優しく握られ、つい苦笑いが出る。
「これ、やっぱり標準なわけ?」
「離さないと言っただろう」
事もなげに言われて、諦める。
ソグディス山で再会したときから、雪は衣織と手を繋ぐことにこっている。
気恥かしさから最初のうちは文句を言っていたが、イルビナでのやり取りを出されれば、言い返す言葉などない。
ただ、離す離さないという約束よりも、単純に手を繋ぐのが楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
必死の説得で人前では勘弁してもらえたのが、せめてもの救いだ。
「さっきさ、翔嘩にイルビナのこと聞いたんだけど、火澄の研究のこと知ってる?」
「研究?」
「花神に頼らなくてもいいように、花突の花精霊の供給を衰えさせないための研究を始めたんだって」
「……そうか」
薄い反応に「おや?」と表情を窺うと、雪は穏やかに微笑んでいた。
何かから解放されたようで、衣織も嬉しくなる。
「それなら、天園へは三つ報告だな」
「三つ?儀式終了と、後の二つは何だよ」
不意に足を止めた雪に従い、立ち止まる。
見上げた瞳はやはり真っ直ぐにこちらを見ている。
「一つは、もう花神は必要ないということ」
「雪……」
「そして最後の一つは、お前が俺の生涯の伴侶であることだ」
堂々とした結婚宣言に、衣織はぎょっと目を剥いて。
それから呆れたように破顔した。
この繋いだ手の通り、もう決して離れない。
二人並んで、明日への道を歩いていくのだ。
花の廻る世界を、奇跡のような日々を。
二人で。
Fin.
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