エピローグ。




ダブリアが首都ノワイトリアには、北国の堅牢な守りを象徴するダブリア軍総司令部が門を構えている。

街の中央に鎮座する要塞のような外観は、「皇帝の鎧」と称されるほど厳めしい。

その総司令部の一室で、衣織は国の最高権力者と向かい合っていた。

「お陰さまで、無事に雪を取り戻すことが出来ました。ついでに、世界崩壊も阻止したし」
「ついでは術師の方だろう、と突っ込むべきか?」

下げた頭を持ち上げると、面白くなさそうな顔をした翔嘩が、ソファの肘掛けに頬杖をついていた。

多忙を極める皇帝に、約束も待ち時間もなく面会できる人間と言ったら、世界広しと言えど衣織くらいのものだろう。

用意された紅茶のカップを取りつつ、にやりと笑ってみせた。

「俺にとっては雪の方が大事」
「不愉快だな、お前の口から恋人の話が出るのは。少しも楽しくない」

翔嘩は腹立ちを抑えるためにチョコレートを口に放り込むと、包み紙を薪の音が鳴る暖炉の炎に投げ入れた。

「まぁ、お前が幸せならそれでいいが……。しかし、その雪とやらはどこだ?総本部へは一緒に来たのだろう」
「俺に遠慮して外で待ってるって」
「チッ。のこのこと現われたら、噂のお綺麗な顔に一発入れてやろうと思ったんだがな」

舌打ちをして本気で悔しがっている相手に、衣織は苦笑を零した。

「お前がどんなにそいつのことを好きでも、私にとったらお前を危険な目に合わせるヤツはすべて敵だ」
「傭兵として起用してたあんたが、それを言うのかよ」
「今回は本当に危険だったんだろう?玲明から聞いたぞ、儀式が終わったと同時に姿が消えたと」

ふざけ半分から一変した真剣な口調で訊かれ、衣織は口を噤んだ。

ソグディス山で雪と再会を果たした衣織は、現在の状況を把握するためにノワイトリアの翔嘩を訪ねた。

クーデターの起こったイルビナの状況や、世界情勢は気がかりだったし、出来ることがあれば火澄たちの力になりたいと思ったからだ。

首都を目指す道中、世情になど興味のない雪から得られた話は、儀式後の自分についてである。

あの儀式のとき、衣織はすべての「華真」の能力を使い果たしたのだと、彼は言った。

雪と異なり、衣織の力は身体の内から分離して短刀に宿っていた。

限界を超えた能力を使おうとも、花石から切り離されているために防衛本能が働かず、本当にすべての力を儀式に注いでしまった。

儀式が終わるという頃に、華真族の能力は底をつき、徒人になった衣織は結界内に存在できなくなったのだ。

ここで結界から弾き出されていれば、話は簡単だったのに、握っていた短刀のせいなのかただの偶然なのか。

衣織は結界の内側から、追い出されなかった。

存在できないはずの身が存在している矛盾に、身体は堪え切れず精霊単位に分解された。

正直、語られたときは意味が分からなかったし、未だに分解されるというのがどういうことか理解できない。

それでもばらばらになった衣織は消滅せず、花精霊の流れに乗って縁深いダブリアの花突に行きついた。




- 557 -



[*←] | [→#]
[back][bkm]



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -