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少年がゆっくりと目蓋を開くと、そこは白い世界だった。
目に痛いほど無色な世界に、横たわっている。
地面に接している素手がピリピリと痛い。
それどころか、突き刺さるような冷たさが全身を覆っている。
皮膚が切れそうに乾いた空気と、遥か上方を埋め尽くすグレーの雲から舞い落ち始めた氷の結晶を、少年は知っていた。
次第に明瞭になる意識は、吹き荒ぶ風の音を認識する。
林立する木立に遮られ、悪魔の声のように聞こえるのが特徴的だ。
揺れる鼓膜は、そのとき別の音を捉えた。
ザクザクと降り積もった雪を踏み分ける、人の足音。
朝も昼もない、白い悪魔に取りつかれた恐山に、訪れる人など滅多にいない。
無謀な冒険者や麓の街の住人でも、中腹以上まで挑む輩はいないのに、こんな奥深くまで一体だれか。
ひょいと首を動かして、少年は顔を足音のする方へと向けた。
地面に押し付けた頬が冷たい。
それでも顔を元に戻さなかったのは、起き上がらなかったのは、吹雪の向こうに見えた人影を知っているから。
はためく白いローブ、舞い踊る白銀の髪、少年だけを真っ直ぐに見つめる金色の瞳。
男は規則的に足を動かし続け、やがて少年の傍らで立ち止まった。
自分を見下ろす双眼を、ぼんやりと見つめ返しながら口を開く。
「――何やってんだよ、こんなとこで」
声は少し掠れていたけれど、相手にはきちんと届いていた。
「探していた」
短い返答に、彼らしいと思う。
決して饒舌な方ではない彼の、一言で返される皮肉やからかうセリフは、少年を笑わせることもあれば呆れさせもした。
出会ったときから変わらぬ部分を認めながら、問いを重ねる。
「何を?」
男は身を屈めて、その大きな掌を差し出した。
少年は寝転んだまま、ゆっくりと腕を持ち上げ指先を引っかける。
その瞬間、一気に手を握り込まれて身体が浮いた。
もう片方の手が腰をさらい、少年を胸の中へと抱き寄せる。
凍える空気に熱を吸い取られたはずが、あっと言う間に優しいぬくもりに包まれ体温を取り戻した。
存在を確かめるようにしっかりと回された腕が、骨が軋むほどの力で抱き締める。
苦しかったけれど、少年の端正な顔には幸せな笑顔が浮かぶばかりだ。
耳元で返された質問の答えに、笑みが深まった。
「奇跡を、探していたんだ」
「へぇ、見つかったのかよ」
「あぁ、もう見つけた――衣織」
愛おしさで出来上がった声に名を呼ばれて、衣織はその背を抱きしめ返した。
「俺も見つけたよ、大好きなあんたをな」
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