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神楽は呼吸を詰まらせた。
心を感じさせない作り物のような顔をした男を見れば、それが誰の花石であるのかを悟らずにはいられなかったのだ。
何故、こんなことに。
「かえったんだな、あいつは」
「おい、おいしっかりしろ!」
掌を見つめ続ける弟の肩を、碧は強く揺さぶった。
されるがままに身を仰け反らせた雪は、しかし唐突にその腕を払い除けた。
決して強い力ではなく、意外なほど優しく。
そうして正気を失くしていた両の眼に、理性を蘇らせた。
「儀式は成功した。イルビナの花突は正常に戻ったから、下手に手を加えない限り数十年はもつはずだ。まだ天園が残っているが、それは問題ない」
淡々とした様子で最低限の簡潔な説明をすると、術師は質問を挟む間を与えず、研究所の扉へと歩き出した。
神楽は慌てて追いかける。
何よりも大切にしていた存在の喪失に、雪は愕然としていたはずだ。
寸前までの彼を思えば、平時を取り戻したように見える態度は不自然過ぎた。
あまりの絶望に、心が壊れてしまったのではないか。
「待って下さい。どちらに行かれると言うんですかっ」
焦燥を帯びた制止に、雪は一度だけ立ち止った。
こちらを振り返った顔は、表情こそ浮かべてはいないものの、いつも通りで不安が募る。
それが表に出ていたのか、相手は予想外といった風に目を瞬かせてから、小さく微笑んだ。
とても哀しく、そうして美しく。
「衣織を迎えに行く」
こちらを安心させるような気遣いの笑みに、誰が何を言うことも出来ず、去り行く姿を見つめるしかなかった。
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