SIDE:神楽

その扉を潜ったとき、異様なほどの静けさに鳥肌が立った。

気味の悪い静寂に明らかな違和感を覚え、研究所内を見回す。

破損した精密機械の間には、倒れ伏す幾人もの兵士たち。

それらを避けて、室内中央の花突へと近づいて行く。

ポッドの保護壁が取り払われたそこには台座が残るばかりで、記憶にあるような光りの粒子は少しもなかった。

代わりに、台座に一人の男が立ち尽くしている。

身動ぎもせず、ただ静かに直立しているのだ。

白銀の髪がかかったローブの背中に、神楽は妙な胸騒ぎを抱えつつ呼び掛けた。

「雪さん……?」

無視と言うよりも、こちらの声が届いていない様子に、背筋を嫌な汗が伝い落ちる。

共に入室した碧は何かを察したのか、雪に歩み寄ると、その肩を引いて無理やり振り向かせた。

「おい、儀式はどうなった。いったい何が――」

不自然に途絶えた問いは、雪の見開いたままの眼のせいだと、神楽も気が付いた。

開かれた目蓋は凍りつき、己が目にしたものを受け入れかねているように見える。

明らかに尋常ではない。

「雪さん、本当にどうされたんですか!?衣織さんは……衣織さん?」

術師を正気に戻すには必要不可欠な少年の名を口にして、ようやく状況が見えて来た。

なぜ、雪は一人でいるのだろう。

確かに自分は、雪と衣織の二人を見送ったはずだ。

それなのに、あの漆黒の髪はどこにもない。

衣織はこんな状態の雪を置いて、どこに行ったと言うのか。

美貌の術師が何よりも大切にしている名前を紡ぐと、彼はピクリと体を震わせた。

「――ない」
「なんだ?はっきり言え」

双肩に手を置いて虚ろな表情を覗き込んだ碧が、僅かに急いた調子で先を促した。

抑揚の薄い感情の籠らぬ声が、雪の唇から流れる。

「いない……。気付いたときには、いなかった」
「まさかっ!」
「手を、握っていたのに。どこにも、いなかった」

固く握ったままの掌を、彼はゆっくりと開いた。

電灯の鈍い光りを受けて、輝くものが乗っている。

「それは……」

それは、透明な水晶だった。

花石と呼ばれる、華真族の心臓に埋まる核の石だった。




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