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「衣織」
「好きだとか、愛してるとか、最後の告白みたいなこと言ったら蹴るからな」
「俺はこの手を離さない」
「っ……!」
「例え何があったとしても、俺はこうしてお前の手を握る。お前の手だけを掴み取る。――お前の力を貸してくれ」
一度は離した手を、もう二度と離さないと約束した。
次に離すときが訪れるとすれば、それは死が二人を別つときだ。
雪はこの手と共に歩いて行く。
これから先の未来だけでなく、今この瞬間も。
己のものより一回り小さな手を包んだ両手に力を込めて、雪は光りの奔流に向き直った。
眩く照らされた金色の双眸に、堅固な決意を灯して、疲れ切った身に再び気力を漲らせる。
「もう一度、詠唱する。俺の言うとおりに復唱してくれ」
「わかった」
傍らの存在が首肯するのを確かめてから、雪は再び想いを音にした。
「花の流れの同胞よ」
――花の流れの同胞よ
「汝が背負いし秋の地に」
――汝が背負いし秋の地に
衣織の声に呼び醒まされた短刀から、強大な力が溢れだす。
血の色と少年が表した刃の赤が、大気に滲み溶けるや純白の刀身へと姿を変える。
過剰な力を収められた短刀が、封印から解き放たれたことで、元に戻るようだ。
白刃はきらりと光りを反射しながら、荒れ狂う花精霊の抵抗を切り裂いて行く。
呼応するように、蛍の花石が一層の発光を見せながら動き出した。
どんどんと下方に沈むのに合わせ、悲鳴を上げるように光りの渦が細く高くなる。
「贖罪の記憶、焔の言葉、紡がれる告解と共に」
――贖罪の記憶、焔の言葉、紡がれる告解と共に
見上げる渦は上方ばかりが大きくて、まるで幾つもの花弁を重ねた花のような身を、激しくしならせ揺れている。
容赦なくぶつかって来た精霊たちの抵抗が、見る見るうちに衰え収束するのに気付き、雪は衣織の手をさらに強く握って、最後の詠唱を高らかに叫んだ。
「花の御許に――華に、従え!」
二つの声が合わさるのを、遠く、近く、聞いた瞬間、花突から吹き上げる光りが視界いっぱいに広がって、何もかもを呑みこんだ。
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