火澄の加護があっても、いざ儀式を始めれば強襲する衝撃。

無理やり感覚器がこじ開けられ、五官に捻じ込まれる異常な精霊の波動に、三半規管がぐるりと揺らぐ錯覚を覚え、湧き上がる吐き気と眩暈。

今にも飛びそうな意識を、気力だけで繋ぎとめるも、雪は自分が立っているのかどうかさえ分からなくなりかけていた。

口角を強く噛んで無理やり気を正し、震える両手を前に突き出して言の葉を続ける。

「贖罪の記憶、焔の言葉、紡がれる告解と共に……っ」

頼りない音色だと気付く余裕などあるわけもなく、ただ己の持つありとあらゆるものを注ぎ込む。

花精霊を使役する能力だけではない。

この穢れ切った身体、請願する想い、歩んで来た時間、すべてを。

ズッと鈍い速度で埋まり行く花石に抗うように、光りは八方に枝分かれした。

帯状に広がる光線が明滅を繰り返す光景は、荒い呼吸をしているようにも見える。

やがて光りは、雪に向かって枝を伸ばした。

イルビナ軍に捕えられた際に行われた実験の記憶が、ぼやけた脳裏で思い出される。

あのときは理解できなかったけれど、今なら分かる。

花精霊は安定した波動を求めて、雪の体内にある花石を求めているのだ。

不味い。

荒れ狂う異常な花精霊に侵されれば、どうなるか。

体内の精霊の廻りを乱されて、再び昏睡状態となるのは絶対に回避しなければならない。

ここで意識を途切れさせれば、もう二度と西の花突を鎮めることは出来ないのだから、迫り来る光りの腕を撥ね退けるしかなかった。

雪は全身に更なる力を込めた。

途端、重ねた両の掌に、何かとてつもなく頑強で重量感のあるものを、押しているような感触を覚える。

侵略を拒絶し儀式を達成しようとするこちらを、花突から湧くエネルギーが押し返しているのだ。

徐々に加重が増して行き、手の甲には幾筋も血管が浮いて、腕がみっともなく揺れた。

踏ん張る足が猛攻に負けて後退してしまう前に、雪は祈りを絞り出す。

「花の……身許に、眠れっ」

だが、詠唱の最後の一句にも、雪を取り巻く状況に変化はなかった。

安定した花精霊を求めて伸ばされた光りの枝は、身体に触れる直前で動きを止めたけれど、眼前に直立する花石や眩い輝きはそのままだ。

更には少しずつ地に沈んでいた花石が、ピタリと動きを止めてしまって、最悪の事態に動揺する。

これは、儀式が失敗したということなのだろうか。

荒れた花突に、己では力が及ばなかったということなのだろうか。




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