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SIDE:衣織
扉を破った少年の視界に飛び込んできたのは、予想通りの光景だった。
広々とした研究所には、十や二十を遥かに上回る数の兵士が待ち構えていた。
これだけいれば、中隊だって楽に編成できるだろう。
爆破を受けてからすぐに修繕工事を行ったのか、無機質な白い室内は少々薄汚れてはいても、大きな破損箇所はなさそうだ。
設備も一通り整え直したのか、衣織には何に使用するのか皆目見当もつかない機材の数々が、軍刀を引き抜く兵たちに埋もれるようにして確認できた。
衣織の行く手を阻むように、すぐさま数人の武官が斬りかかって来る。
術師相手でないなら短刀の必要はないと、銃の引き金を立て続けに引いた。
乾いた発砲音が、乱闘の幕開けを宣言した。
これが最後の闘いだ。
残る銃弾すべてを使い切るつもりで、何人もの兵士を相手に室内を駆け回る。
そうして衣織が敵の注目を一手に集めている隙に、雪が施設中央に見える透明な円柱に近付いていた。
円柱は天井近くまで高さがあり、大人二人が手を広げても囲いきれない大きさで、内側にはきらきらと輝く光の粒子が風に吹き上げられたように舞っている。
左右同時に仕掛けられた横薙ぎの攻撃を、驚異的な跳躍で軽々と避けながら、視界の端にそれらを捉えた。
あれが花精霊を生み出す花突に違いない。
確かに活発に動く粒子は、荒れた印象を受ける。
華真族としての能力を、母によって短刀に封印されている衣織に影響はないけれど、花突への接近に気付いた士官を相手にする雪の顔色は、少しばかり翳っている様子だった。
火澄の加護があっても、その異常な波動を完全に無効化することは出来ないのかもしれない。
教本通りの型でお行儀よく振り下ろされたサーベルを、銃身で受け止めあっさりといなした衣織は、背後に迫った一人を回し蹴りで地に沈めた。
雪の援護に行きたくとも、敵の数が多過ぎて、下手に動けば術師の敵を増やしてしまう。
もどかしさを堪えつつ、どうにかしようと思考を廻らせるものの、倒しても倒しても一向に減らない赤い軍服で手一杯だ。
「あぁ、くっそ!邪魔なんだよ、あんたら」
「たぁっ!」
「そこどけ、撃つぞ!?」
言ったときには、すでに弾丸は銃口から飛び出している。
極力、殺さないように足を狙っているせいもあって、完全に戦闘不能になった兵の数は僅か。
流石に精鋭部隊なのか、少しの負傷では怯みもせず、果敢に挑んでくる。
注意を引くため派手に動き、致命傷を与えぬよう力加減を調節し、それでいて倒されることなく戦い続けるのは、正直なところ相当な骨だった。
おまけに雪の様子にまで目を配らなければいけない。
衣織の陽動が功を奏しているのと、雪が大きな術を使っていないのとで、今のところ彼に気付いた兵は少数だが、いつイルビナ兵たちが自分たちの本来の任務を思い出すかは分からない。
焦れ始めた少年の心配は、視線に出てしまった。
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