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SIDE:火澄
炎の龍が鋭い風に両断され、火澄は僅かに目を瞠った。
術師同士の戦闘は、少し特殊だ。
相克関係に則って、相手の使役した精霊を打ち負かす術を発動するのが、もっとも効率的な戦い方だが、如何せん多くの術師は特定の精霊しか使役することが出来ない。
対戦相手次第で、花精霊に従属する四精霊の中でも、五分の精霊と戦うことになる。
蒼牙が使役するは風。
火精霊の術師である己とは、力関係が拮抗している。
精霊の相性で相手に勝ることが出来ないとなると、後は術師の力量の問題だ。
精霊を使役する者の実力が勝敗を決するのである。
火龍は火澄の得意技。
雪たちを先に進ませるための囮ではあったが、並の術師では破れないはず。
蒼牙の腕は、イルビナの術師部隊を遥かに上回るに違いない。
長年共にあった義父の新たな一面に、驚かないわけがなかった。
「知らなかったな、父さんがこんなに強い術師だったなんて」
こちらの軽口に相手が応えることはない。
間を置かずに繰り出された風の矢は、凝縮された空気圧だ。
火澄は素早く精霊に呼び掛け、炎の壁を作り出した。
歯向かうものが使役者に到達する前に、すべてを焼き尽くしてしまう強力な護りは、しかし実体を持たない矢によって風穴を開けられた。
軍服の脇腹を裂かれ、急いで両手を前方に伸ばす。
精霊による火は自然のものとは異なり、含まれる精霊の濃度によって物理的な盾となる。
力を注ぎ堅牢な壁へと進化させれば、蒼牙は火澄の頭上へと術を放った。
「っ!」
風の波動で呆気なく砕かれた天井が、防御に集中していた火澄の気を乱す。
慌てて上方へ手を掲げ、火精霊で瓦礫から身を守るも、炎の壁が僅かに揺らいだ。
しまった、思ったときには遅い。
前方からの攻撃が一気に苛烈になり、甘くなった護りを鋭く貫いた。
爪先に力を込めて跳び退くが、すべての矢から逃れることは出来なかった。
左肩を掠めて行った一撃は意外なほどに重く、衝撃に負けた身体が後方に引っ張られるようにして傾いだ。
だが、火澄はそれに抗うことなく勢いに乗り、後転跳びの要領で体勢を立て直すや、まるで鏡のように敵へと無数の炎の矢を浴びせた。
防御から攻撃に転じるまでのスピードは速く、矢を打ち払おうとした蒼牙の突風は間に合わない。
腕や足を炙られた男の顔が、無表情から険しいものへと変貌する。
仕掛けた技と似た攻撃を返され、なお且つダメージを負わされるのは敵の心を圧迫するもの。
苛立ちと焦燥を与え、隙を作らせる控えめだが効果的な戦法だ。
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