こちら側に優秀な術師が二人もいると言っても、先ほどのように驚異的な技を繰り出せる使い手を相手にするにはタイミングが悪い。

これから儀式に臨む雪は、出来る限り精神の消耗を抑えるべきだし、火澄は何と言っても蒼牙を父と慕っている。

誰よりも近くで支えて来たにも関わらず、力のことは隠されていたのだ。

どれほどの覚悟を決めているか、推し量る術はないけれど、少なからず今の一撃で心が揺れたのは間違いなかった。

瞠目した男の緋色を、冷ややかな眼差しで見つめ返す元帥は、総本部から脱走する際に見せた、剥き出しの怒りとは異なる様子だ。

これまで忠義を尽くして来た火澄の裏切りを、赦しているわけではないだろうから、憤怒の念を心奥に押し込めているに違いない。

火澄には悪いが、ここは自分が活路を開くしかないだろう。

銃から短刀へと持ちかえようとした。

「待って、衣織くん」
「火澄……」
「ここは僕に任せてくれないかな」

制止は思いの外強い力を有していて、衣織はハッと相手を見やった。

真っ直ぐに蒼牙だけを見つめていた双眸が、こちらに向けられると同時に、優しく和む。

先ほどの動揺を少しも感じさせない柔らかく甘い微笑みは、同時にしなやかな強さを思わせた。

「君と約束しただろう?家族として、僕が父さんを止めるって」
「でも、やっぱりあんた――」
「僕の覚悟を、甘く見ないで。ううん、違うな。父さんを本当に止めることが出来るのは、僕だけなんだよ」

きっぱりと断じられて、続けられるはずがなかった。

見くびっていたわけではないけれど、彼の想いを誤解していた。

火澄の中の意志は、時に風に揺れることはあっても、決して吹き消されるような脆弱なものではない。

確かな焔が、そこにある。

静かに首肯を返すと、彼は「ありがとう」と言うようにもう一度だけ小さく笑った。

対面へと向き直った火澄の両腕が、大きく振りかぶられたのは次のとき。

身を包む紅の軍服から飛び出すようにして、二頭の赤き龍が勢いよく蒼牙へと襲いかかった。

同時に、衣織たちも動きだす。

左右の二手に分かれて、全速で相手の脇を駆け抜けた。

「させるか」
「それは僕らのセリフかな、父さん」
「っ」

凝縮された風の刃が雪を切り裂く前に、炎の龍が吐き出す業火が元帥を狙い、雪の使役した土精霊の蔓葉が風を貫き霧散させた。

間を置かずこちらへと繰り出された突風を、衣織は血の色に染まったあの短刀で斬り捨て、そのままスピードを緩めることなく研究所へと突き進んだ。

傍らに並んだ相棒を強気な瞳で流し見る。

「雪、こっからは二人だな」
「いつもそうだったはずだ」
「そうだな。でもって、最後まで二人で行くんだろ!」

口にすると共に、少年はその扉を蹴り開けた。




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