先へ進む力。
SIDE:衣織
「中将の能力は花精霊の自在な使役ではなく、花精霊を鎮め霧散させる力でした。花突を活性化させ術札に凝縮することを目的とした実験に、その能力は使えませんでしたが、雪さんの荒れた精霊を宥め、正常な流れに戻すことは可能でした」
衝撃的な火澄の発言を受けて、神楽は簡潔な説明をする。
己が狙われるに至った理由を明かされた雪は、最初ほどの動揺は見受けられないものの、やはり心の整理がつかないのか、碧から視線を外せずにいる。
碧が華真族だとは思いもよらなかった。
しかも、雪と血を分けた兄弟と言うことは、自分とも少なからず血の繋がりがある相手だ。
「抜け人」と呼ばれる天園を抜け出した罪人は、自分の母親だけと聞いていただけに、どういう経緯で彼が素姓を隠しイルビナにいるのかは気になるところ。
詳しい話をしたい気持ちもあったが、現実問題、そんな猶予がないことは理解していた。
「雪」
「……」
凍りついたように動かない男のローブを引っ張るも、相手は身動ぎすらしない。
発覚した事実を処理し切れていないのは分かるし、出来ればそっとしておいてやりたい。
だが、儀式を行うと決めたのは雪自身だ。
多くの人間の協力の下、研究所が目と鼻の先というところまで行き着いた。
ここで呆けて無駄な時間を費やしては、すべてが水の泡。
「謎解きはここまでにしよう。雪くん、僕たちは先に進もうか」
「中将には私が付き添います。兵を何名か残して頂ければ、様子を見ながら脱出します。どうぞ、ご心配なく」
神楽は背後を振り返り、固唾を呑んで事態を見ていた士官に声をかけた。
途中で治癒の手が止まってしまったために、碧の傷は未だ完治していないが、出血は治まっている。
当面の危機は去ったから、後は神楽に任せておけば問題ないだろう。
戦力が欠けてしまったのは痛いが、自分たちだけでもどうにかなるはずだ。
「雪、行くぞ?あんた言っただろ、俺たちの生きる世界を守るって」
「あ、あぁ……」
ぎこちなく頷いた術師は、どうにか碧に背を向け歩き出したが、集中が乱れているのは一目瞭然。
これでは花突に辿りつく前に、やられてしまうかもしれない。
先を行く後ろ姿に、衣織が眉を顰めたそのとき。
「おい、術師」
沈黙を通していた男が、音を奏でた。
雪の足がピタリと停止する。
「そんな調子じゃ、また倒れるハメになるぞ」
「……」
「次はもう、助けてやらねぇからな」
「っ!」
乱暴に投げつけられた言葉に、肩の上で白銀の髪が揺れた。
秀麗な面に刻まれた表情は一体どのようなものであるのか、衣織には分からないけれど。
「雪?」
「――行くぞ」
歩みを再開させた男の背中に、感じていた不安は後形もなく消えていた。
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