目の前が真っ暗になった。

「……嘘だ」

唇が戦慄き、体が小刻みに震えた。

「衣織?どうしたの?」

これは嘘だ。

これは夢だ。

信じたくない。

眼前に広がる光景を。

信じたくない。

蓮璃の瞳に宿ったその色を。

衝撃は衣織の内部を容赦なく穿った。

眩暈すら覚えふらついた体は、しかしまたしても雪の腕によって支えられる。

「雪さんもお帰りなさい」
「ただいま戻りました」

衣織を庇うように前に出た雪は、端整な面に優雅な笑顔を浮べた。

それでも扉は開けたままで、入り口から動こうとはしない。

凍えた外気が店内へと流れ込む。

「二人とも帰ってきてくれて嬉しいわ。……あぁ、そうそう」

カップを取り出すために戸棚に向かった蓮璃は、ごく自然な調子で言葉を発する。

常と変らぬ、自然な調子で。

「二人にお客様が来ているの」

死刑宣告を、下した。

突如として奥の扉が開き、赤い軍勢が飛び出した。

物凄い足音と共に、階段からも複数の兵士が現れる。

だが、照準を合わせた銃口にも、構えられたサーベルにも、少年が目を向けることはなかった。

見つめる先には、ただ一人。

もう本当に限界だったのだ。

壊れそうな心で、蓮璃を見つめる。

「衣織、愛しているわ。だから、必ず『帰って来て』ね?」

彼女の双眸には、もはや一片の正気すら見い出せなかった。

「蓮、璃……」
「総員、構えっ!」

号令に従い、イルビナ軍勢は一斉に撃鉄に指をかける。

逃げなければいけない。

逃げなければいけない。

危機を訴える警鐘は鼓膜を破るほどなのに、衣織の足はまるで縫い止められたかのように、その場から動けずにいる。




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