SIDE:雪

紡がれた言葉を理解できなかった。

碧に庇われた理由が見えず動揺に支配されていた心を、どうにか落ちつかせたばかりだと言うのに、脳内は先ほどとは比較にならないくらい激しい混乱に占拠された。

精神の集中が途切れ、男の腹に翳した手から輝きが失われる。

ドクン、ドクンと不穏に高鳴る心音が耳奥で聞こえ、意味の分からない焦燥が加速した。

潰えたはずの花精霊研究が、蒼牙によって呼び起されたのは分かった。

数百年に一度、廻る者のみ天園を出られる華真族が、伝説扱いされるのも納得だ。

だが、蒼牙の見つけた華真族というのが、今目の前に横たわる男であるなど信じられない。

雪は恐ろしい何かが待ち受けているかのように、ぎこちなく碧へと視線を下げた。

こちらを無視する鋭い双眸は翡翠色、短い髪の色は緑だ。

己と共通する点など、どこにもない。

それなのに彼が華真族、しかも己の兄だなんて理解できるわけがなかった。

困惑に張り詰めたこちらの表情に、神楽の視線が眼鏡の奥から突き刺さる。

「やはりご存じではなかったのですね」
「……なにを馬鹿な。この男のどこに、華真族としての要素がある」

反論は小さく頼りなかった。

否定する感情とは別に、可能性を主張する理性があったからだ。

己よりは幾分冷静なのか、気遣わしげな面持ちをしている少年は、黒髪黒眼でありながら花突にまで入れる華真族なのだ。

精霊の使役において才能を発揮した衣織の母は、自分の有する華真族の能力と息子に受け継がれるはずだった力、そして一族固有の色彩をも短刀へと封印した。

同じことが碧にないとは言い切れない。

揺れ惑う雪に、神楽は疲労の滲む嘆息をした。

それは情けなく取り乱す術師に対してではなく、別の誰かに向けたようだった。

「確かに、華真族は貴方のように白銀の髪と金色の瞳を持っています。しかし、偽装する方法はあります。髪は染めればいいですし、瞳はカラーコンタクトが使えます」
「けど、碧はそうじゃねぇだろ?」

衣織の発言に神楽は微かに微笑んだ。

「何故そう思われるのです?」
「髪は分からねぇけど、目にカラコンを入れるのは危ないだろ。こいつが中将らしくデスクワークに従事してれば話は別だけど、未だに第一線で暴れてんだ。俺だったら怖くてコンタクトなんて入れたくない」

一般士官レベルの戦闘ならば恐らく問題ないのだろうが、碧は次元が違う。

同じように驚異的な戦闘力を持つ衣織の言葉には説得力があった。

「衣織さんの仰る通りです。碧中将の瞳はコンタクトではありませんし、髪も染色していません」
「ならば、やはり……」
「コレです」

細い指が軍服の内ポケットから取り出したのは、掌サイズのピルケースだった。

半透明のケースの中には、細長い錠剤がいくつか入っている。

これが一体なんだと言うのか。

意図が読めずに眉間にしわを作った。




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