淡く優しい光りに照らされるや、次第に碧の出血は治まり始めた。

雪の合図で突き立ったままのレイピアを引き抜く。

「っ……」

殺し切れなかった微かな呻きが喉の奥から漏れるのを耳にして、神楽はやり場のない憤りを、奥歯を噛みしめてやり過ごした。

こんな声を聞いたのは初めてだ。

高熱に倒れても、傷口が開いても、彼はいつだって平気な素振りをしていたのだ。

紫倉を倒しても尚、消えることのない感情が胸を苛む。

それをどうにか脇へと押しやって平静を装うと、雪との約束を果たすために口を開いた。

「貴方の疑問にお答えするには、イルビナが術札「花」の開発に踏み切った経緯からお話する必要があります。少し長くなりますが、よろしいですか」

上目で相手を窺うと、はっきりとした首肯が返された。

幾分か落ち着きを取り戻したらしく、金色の眼は真っ直ぐにこちらを見返している。

神楽は自分が真実を知ったときの衝撃を思い返しつつ、順を追って語り始めた。

「遥か昔から我が軍は花精霊に着目していました。この西大陸がイルビナによって統一される以前の話です」

一大陸一国家体制となって、まだ百年程度しか歴史は進んでいない。

小国が乱立しては戦争となり、滅んではまた新たな国家が誕生する戦乱の時代。

西大陸で最大勢力を誇っていたイルビナの研究者は、根幹精霊の凄まじいエレメントエネルギーを軍事兵器として活用しようと目論んだ。

花精霊を意のままに利用できれば、大陸統一のみならず他大陸への進軍にも有用だと考えたのだろう。

しかし、徒人の手ですべてを生み出す精霊を制御することは不可能だった。

「実験と失敗を繰り返す内に、花精霊の研究は次第に打ち捨てられて行きました。イルビナの大陸統一や、各国の情勢が安定に向かい始めたのも研究中止の一因でしょう」

雪の治癒が効果を示しているのか、碧の呼吸はもう随分と整っていた。

腹はまだ肉が抉れたままだが、危機的な状況からは脱したらしい。

沈黙を保つ碧の無表情に、どこか観念したような雰囲気を感じたのは気のせいだろうか。

神楽は逸らされた翡翠をしばし見つめてから、顔を上げた。

「埃に塗れていた花精霊研究を再開させたのが、蒼牙元帥です。彼は、伝説上の存在に過ぎなかった華真族を見つけたことで、術札「花」の開発を提唱しました」

この言い回しに、対面の男が眉を寄せた。

当の一族である彼からすれば、疑問に思わぬわけがない。

訝しげにこちらを窺う雪に応じたのは、それまで口を噤んでいた火澄である。

「イルビナ建国時、この土地には神殿が建っていたんだ。恐らくはシンラやネイドのものと酷似したね。神殿を中心に都市は形成され、いつしかイルビナ軍総本部を要とするレッセンブルグが出来上がった。で、その神殿から発見された文献には、花精霊や花突にまつわる情報と共に君たちのことも記されていた。君たち、華真族のことがね」

淀みなく話す火澄に、彼がどこまで把握しているのかと気になった。

元帥の計画に賛同していた彼がすべてを知っていても不思議ではないが、神楽が真相を掴んでいる事実に驚いた様子はない。

底の読めない上官に、警戒するよりも頼もしさを感じた自分自身に驚いた。

火澄はこちらに一切構うことなく、適切な説明を続ける。

「けれど、当の華真族の存在を立証できた人間はいなかったんだ。文献が発見されて以来、誰一人として出会ったことがなかったんだから当たり前の話だよね」

文献上の空想か、はたまた過去に滅んだ一族か。

どちらにせよ、イルビナにとって華真族とは、伝説でしかなかったのだ。

「彼」が見つかるその瞬間まで。

神楽はもう一度だけ目線を下に落としてから、雪の金色を見つめ返した。

彼以外にもこの瞳を持つ男を知っている。

「碧中将は、元帥が見つけた初めての華真族であり――貴方の兄上に当たります」




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