SIDE:神楽

誰かが漏らした疑問符は、神楽の胸の内と一致していた。

もしかすれば、己が口にしたのかもしれないが、それにしてはやけに音が遠い。

痩躯を埋め尽くすは視界から取り込む光景ただ一つで、他の何かに気を回す余裕など微塵もなかった。

神楽の視線の先には、あの男。

白銀の術師を背後に庇い立ち塞がる、あの男の姿がある。

腹を貫く怜悧な刃を片手で掴みながら、どくりと溢れ出る血など知らぬように、奇襲を仕掛けた相手を緩い笑みで見据えていた。

「ふふ、あははっ……あはははは!」

響き渡る嘲笑の主は、レイピアの柄から手を離し身体を仰け反らせた。

釦を掛け違った軍服のジャケットは歪なシルエットを描き、尋常でないのは明らかだ。

天を仰ぐ碧眼に狂気を漲らせ、結い上げていないプラチナブロンドの髪を振り乱す様は、禍々しさに満ちていた。

紫倉=清凛。

これは、何の悪夢だろうか。

自らの危機に気付けずにいた愚鈍な男が、直前に反応をした一人によって、赤を貪らんとする女の凶刃から護られたのだ。

まるで、「あのとき」のように。

脳に焼き付いた記憶が明滅を繰り返し、近い過去と現在を混濁させる。

信じられぬものを見る目で硬直した雪が、愚かで無力な「あのとき」の己にすり替わる。

成す術もなく、ただ護られただけの己が、そこにいた。

「っ……」

急速に退いて行く血の気に代わって、深く重い何かが全身に広がる。

憤怒、悔恨、悲哀、自責、ありとあらゆる絶望的な感情が混ざり合い、生まれた暗い想いは純然たる闇色。

混じりけのない殺意が指の先にまで行き渡るのと、碧の膝が無残にも崩折れたのは同時だった。

神楽の両手が翻るや、放たれた無数のナイフは空を裂き、笑い狂う女の両肩に、両膝にその身を埋め血潮を噴かせた。

それすらも過去の再現だったが、今度はこの程度で終わらせるはずがなかった。

間髪入れずに新たな短刀を掴み、鬼気迫る勢いで間合いを詰めると、渾身の力を込めて女の脇腹に刀身を叩き込む。

切り裂くのではなく抉るように、柄すらも埋め込むほど深く奥の奥まで。

あの男に開けられた風穴など比べ物にならないほど、眼前の細い身体を穿たねば心臓を焦がす殺意は消えない気がした。

激情に囚われた神楽の鼓膜を叩いたのは、耳元で紡がれた女の囁きだった。

「はっ……はは、翔、庵……お前には渡さない」
「っ!?」

掠れながらも力強い声に、弾かれるように顔を上げる。

間近でぶつかった紫倉の青い眼の底には、ドロリとした醜い執着が蠢いていて、神楽は息を呑んだ。




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