「貴方たちは、今、何を身に纏っているのですか?」

戦慄の麗人の問いかけは、煌めく刀身の如く研ぎ澄まされていた。

返答を待たずに、彼はゆっくりと歩を進める。

一歩、また一歩と。

靴音さえ突き刺さる心持にさせられて肌が粟立つ。

距離が縮まるごとに増す威圧感に身体の自由が剥奪される。

「その紅は、何の色かご存じですか?高潔な魂、勇猛な志と深い叡智を備えた気高い焔の色だと……理解していますか?」

音を立てる者は、神楽しかいなかった。

この場において、神楽だけが赦されていた。

レンズの奥で輝く冷たい熱情に晒され、士官たちは瞬きすら出来ず聞き入るばかり。

「理解して尚、そのような愚考を続けますか。浅はかな保身に拘泥しますか」

温度のない糾弾は、容赦なく弱い心を抉り貫いた。

「ならば今すぐ脱ぎなさい。自らの誇りも信念も持ち合わせない人間に、イルビナの軍服を着る資格はありません――今すぐ、それを脱げっ」

激しく厳しい命令に、誰もが目を見開いた。

真冬の湖に張った薄氷が、何の前触れもなく割れ、極寒の底に落ち沈むかのようだった。

イルビナ兵の竦んだ身体に眠る心臓が、凍える世界に包まれ火傷を起こす。

氷点下の熱に、焦がされる。

声もなく叫んだ一人の膝が崩れたのを合図に、すべての者が動き出した。

立ち塞がっていた士官たちはザッと左右に分かれ、道を作る。

項垂れた様子で頭を垂れる者、目覚めた表情で瞳を輝かせる者、強い決意で口角を引き締める者、様々な表情を神楽は気に止めることもなく、衣織たちを振り返った。

「道が開きました。行きましょう、お二人とも」
「あ、あぁ……うん」

そうしてやんわりと微笑む美貌には、先刻の凍てついた怒気の欠片すら残ってはいなかった。

まるで夢でも見ていたようだ。

気負うことなくイルビナ兵の間を歩いて行く男の背中を、衣織はまじまじと見つめた。

「どうした」

ポンッと頭を叩かれ目を上げる。

こちらを覗き込むようにして雪に問われ、慌てて衣織も動き出した。

「いや、ちょっと驚いて」
「俺もだ」
「あんたも?」

こくんと首肯が返される。

一時イルビナに囚われていた雪は、衣織よりも神楽と接していた時間が長いはず。

その彼ですら、あの男の怒りを目の当たりにしたことはないと言う。

精緻に整った面には、完璧に作り込まれた紛い物の微笑。

紡がれるセリフは打算の潜む油断ならぬものばかり。

熱砂の国における彼の暗躍は、忘れたくても忘れられない。

利害関係が一致しているから手を組んではいるが、信頼しているわけでもなければ、好意を持っているわけでもなかった。

なのに、今まで衣織が見て来た神楽=翔庵と、先刻の姿はかけ離れている。

国を、民を想う心だけは、きっと偽りのない神楽の本質に違いないのだろう。

衣織は小さく笑みを零すと、雪のローブを引っ張って小走りで紅の背中を追いかけた。




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