今や総本部は、混乱の中にある。

動ける士官たちは鞘から抜いたサーベルを構えて、研究所には行かせまいと立ち塞がるが、その表情からは一様に強い動揺が見て取れる。

原因は彼らの視線の先にあった。

「お前たち、イルビナを裏切ったのか!?」

衣織に撃たれた足でどうにか身体を支えていた一人の士官が、対峙した反蒼牙派の面々に唸るように言った。

反逆者となった神楽、そうして指名手配されている雪と共に花突を目指しているのだから、彼らが寝返ったことは明らか。

疲労が色濃く出た顔を悔しげに歪め、裏切り者を睨みつける。

それを真っ向から受け止める反蒼牙派の中に、顔を伏せ言葉に詰まる者はいなかった。

彼らの双眸には堅固な意志が灯り、同じ軍服を纏っていても発せられる気迫には雲泥の差がある。

「違う!イルビナを裏切ったのは軍だっ」
「現状をよく見ろ。国たる民を守らずして、何が軍だと言うのだ!」
「っ……」

代わりに、糾弾を弾き返された士官が絶句した。

傍目にも明らかな狼狽した様子に、彼らとて疑問に思っているのだと察しない方が難しい。

心の奥底に沈めていた不安が、かつての同僚たちのセリフによって急速に浮上する。

震災で疲弊した民を蔑ろにし、有事にも関わらず研究と反逆者の捕縛にばかり力を注ぐ元帥の命令を、素直に受け入れる人間は最初から軍になど入らない。

理由は何であれ、少なからず国のため、民のためを想って紅に袖を通したはずなのだ。

間を置いて投げられた精一杯の反撃は、士官の胸に巣食う本音だった。

「お前、たちは……お前たちは、苑麗元帥に歯向かうと言うのか!?」

イルビナ四大貴族筆頭にして、軍の最高権力者たる蒼牙=苑麗。

この国の法であり秩序たる存在に反旗を翻せば、軍属という揺るぎない道もたちまち危うい橋になってしまう。

強大な権力に抗う意味を十二分に理解しているからこそ、真実の感情を無理に押し込め殺すしかなかった。

彼らのやり取りを、衣織はもどかしい気持ちで聞いていた。

イルビナ兵も反蒼牙派も、根本のところで考えていることは一致している。

ただ、自分を貫き通す折れない意志があるか否かという話。

今、背後に並ぶ面々にはそれがあり、対峙する男たちにはそれがなかったということなのだろうか。

この先も本音を抱えたまま、蒼牙と言う名の権力に身を竦ませ続けるのだろうか。

「そこをどいて下さい」

進み出たのは、神楽だ。

落ち着き払った冷たい音色は、凛とした響きで誰もの鼓膜を打つ。

繊細で儚げな容姿からは想像もつかない、硬質な気迫がゆらりと立ち昇り、静かに場を埋め尽くして行く。

氷の指先で喉元を捕えられた錯覚を覚える恐怖に、イルビナ兵たちがぐっと気圧された。




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