自分の能力は棚に上げて、衣織は常軌を逸した碧の強さに鳥肌の立った両腕を擦った。

「火澄様がついていらっしゃいますし、よほどのことがなければ問題ないでしょう。戦闘狂を心配するだけ無駄です――見えました、あれです」

示されたのは、前方の床だった。

先の一件で穴が開いたのか、簡素な一枚板で応急処置を施している。

傍には注意を促す立て札があり、強度の脆弱性は明らかだ。

「本当に外観だけの補修だな」
「形だけ保って、中はボロボロってのも悲惨だよな」

まるでイルビナという国そのもののような状態だ。

国家と言う形をどうにか守ってはいるが、内部の動乱が公になるのも時間の問題。

蓄積される人々の不満を抑えつけるにも限度があるし、この床板のように西国の基盤は脆く頼りないものになってしまった。

外からの見栄えだけを取り繕った総本部が象徴的で、顔を顰める。

「前回の逃走で開いた穴です。ここから下りれば、地下駐車場を通らずにフロア0に向かえます」
「高さは?」
「お二人なら問題ないでしょう。私もどうにか。後ろの士官のために、風精霊を使役して頂くことは?」
「分かった」

了承と同時に、雪の淡い輝きを帯びた右手が一閃した。

刹那、叩きつけられた空気の圧に呆気なくひしゃげた板は、砕け散りながら下層へと落下して行った。

階下の電灯が砕け散る甲高い音を聞きながら、衣織は開いた道に飛び込んだ。

一層ごとの天井が高い総本部の中でも、特にフロア0は高さに余裕がある。

木片に紛れ宙を舞う少年は、降り注ぐ硝子片から顔を庇う数名の士官を眼下に発見した。

ここに立っているということは、反蒼牙派ではない。

判断するや、着地をする前に銃を引き抜き、発砲音を鳴らす

一発で直線上に並ぶ二人の兵の腕を掠めさせ、二発目で別の一人の足を狙う。

どちらも後には残らない浅い傷だが、敵の動きを制限するくらいにはなる。

フロア0へと降り立った少年は、奇襲にも似た攻撃に惑う相手を次々と手刀で落として行く。

その隙に雪と神楽が、風精霊によって衝撃を緩和された反蒼牙派の士官たちが続いて来る。

「フロア0連絡通路にて侵入者を発見!至急、応援を求むっ……おい?おい、応答してくれ!」

ようやく事態を呑みこんだイルビナ兵が、通信機で連絡を取ろうとするが、無駄だった。

すでにモニタールームのメインコンピューターは玲明に侵入されている。

通信機を始め、防犯カメラの映像も遮断されており、侵入者の正確な情報は誰にも把握できない。

陽動を担う火澄たちの派手な騒ぎも影響して、こちらの動きは余計に察知し難いことだろう。

ここまでほとんど敵に遭遇しなかったのも、彼らのバックアップがあってこそだ。




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