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凄まじい爆音と共に、虚ろな城から火の手が上がった。
復旧していた警報装置がけたたましい音色を響かせ、軍人たちに異常事態を訴える。
通路すべてが明滅する赤いランプの色に沈没し、その中を派手な足音を立てながら、幾人ものイルビナ兵が駆けて行く。
『火災発生、火災発生、出火元は――て、敵襲!敵襲!!総員、戦闘配備に着けっ』
随所に設置されたスピーカーから流れる放送が、唐突に合成音声から切り替わった。
モニタールームに詰めている士官の焦燥に駆られた叫びに、研究所を除けば概観だけを補修した、破壊の爪痕が残る総本部内が一気に混乱の坩堝となる。
無数の兵が持ち場に辿り着く前に、第二の爆撃がフロア1の通路で雄叫びを上げた。
ちょうど通過しようとしていた数名の軍人が紙切れのように吹き飛ばされ、辛うじて免れた数名は驚愕で凍りつく。
外からぶち破られた壁がポッカリと口を開け、朦々と立ち込める爆煙と砂埃が突如吹き込んだ鋭い風によって二つに割れる。
一体何が起こったのかと戸惑う兵たちは、次の瞬間我が目に映った出来ごとを認識する前に、意識を失うことになる。
爆煙の切れ間から飛び込んで来た小柄な人物は、勢いを殺すことなく最後尾の士官に向かって跳躍すると、ワークブーツに覆われた踵をこめかみへと叩き込んだ。
濁った呻きを待たずに宙返りで方向を変えるや、速度に追いつけず無防備に背中を晒した次の標的に移る。
脇腹へ一打、二打目で肋骨の折れる独特の感触を捉えつつ、蹴り飛ばした。
防御も何もない相手は、受け身も取れずに壁へ激突すると、頭を打ちつけたのか昏倒した。
それもまた最後まで見届けることなく、すぐ傍の三人目の頸椎を肘鉄で仕留めれば、爆撃の被害を逃れた幾らかの兵士も残らず倒れ伏していた。
「あんた、自分の部下にも容赦ないのな」
速攻を仕掛けた小柄な人影――衣織は、通路に流れる血の量に同時に乗り込んだ男を見やった。
平然とした足取りでこちらへと歩いて来る相手は、眼鏡のブリッジを細い指先で押し上げながら微笑する。
「私には衣織さんほどの戦闘力はありませんから、手を抜く余裕がないんです」
「そりゃどうも。ったく、本当にいい性格してるよ」
「致命傷は与えていませんよ?いずれまた、イルビナ軍人として働いてもらう、大切な労働力ですから」
平然と言われて嘆息だ。
傭兵時代、自分もこんな軍人に駒扱いされていたのかと思うと、複雑な気分になる。
「衣織、次が来る前に行くぞ」
術師に呼ばれ、こうしてはいられないと我に返った。
火精霊の爆破によって生まれた壁の穴を振り返ると、雪の背後に複数の赤い軍服がある。
反蒼牙派の面々だ。
瞬く間にかつての同僚たちを倒したこちらを見る顔は、一様に驚愕に支配されている。
素性の知れない少年はもちろん、文官として勤める神楽の実力には度肝を抜かれたことだろう。
「おい、大丈夫かよ?」
「……は、はっ!」
「しっかりしろって」
「こちらが動けば着いて来ますよ。彼らだって軍人です」
通り際に小声で囁かれ、確かにそうだと納得した。
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