薄情な男は拍子抜けした少年を気にするでもなく、火澄へと向き直った。

「動力室の修理終わったんで、もう下は電気がついてますよ」
「あぁ、どうりで明る過ぎると思ったよ。ご苦労様、玲明くん」

赤い軍服に包まれた腕が一振りされると同時に、貴賓席に届いていた痛いくらいの光りがすぅっと収束した。

どうやら先ほどまで劇場内の電気系統は機能していなかったらしい。

図らずも目眩しになった異様な明るさは、光源として火澄が使役した精霊と復旧した電灯が組み合わさったせいで生じたようだ。

「火澄は本当に、花突の影響を受けてないんだな」
「僕は普通の術師と違って、自分の体内にある火精霊のみを使役しているからね。荒れた花突から生み出された精霊とは違うから、僕自身にダメージが来ることはないみたいだ」
「術師の兄ちゃんは、体調どうなんだ?」

来賓用のソファセットで携帯用のコンピューターを起動させた玲明は、指の骨をバキバキと鳴らした。

「問題ない。火澄の加護を受けている限り、普段と然程変わらぬ使役が可能なはずだ」
「そりゃよかった。主役も到着したことだし、そろそろ動くときかな」

話ながらも情報屋の指は、恐ろしい速さでキーボードの上を踊っている。

衣織は数秒ごとに情報が切り替わるモニターを、彼の背後から覗き込んだ。

「これ、総本部の見取り図か?」
「震災後バージョンだ。フロア0までの正規ルートは、俺たちが逃走するときに術札で散々爆破したからな。残念ながら使えない。代わりに――」
「新しい道が開いています。ご無事で何よりです、衣織さん、雪さん」

セリフを引き取ったのは、階下にいたはずの人物だった。

「神楽……と、セクハラ緑もかよ」

先に入ってきた麗人の背後には、長身の男が続いていた。

相変わらずの鋭い双眸に射抜かれて、防衛本能がビリビリと震える。

彼には雪との件で助けられたこともあるが、最初の印象は思っていたより根が深いらしい。

警戒してしまうのは、条件反射のようなものだ。

「あぁ?随分な挨拶だな」
「俺の半径一メートル以内に入ったら撃つから」
「一メートルでいいのか?」

くつくつと喉奥で笑われ眉を寄せかけたら、それより先に雪に肩を引かれた。

トンッと背中が術師の胸に当たる。

「な、なんだよ。どうした?」
「……」

慌てて相手を振り仰げば、雪の冷え切った眼は翡翠に照準を合わせていた。

シンラの地下神殿で起こった一件を、彼は知らないはずだ。

いくら衣織が険悪な態度を取っていても、決定的な話はしていないのだから、敵愾心も露わに牽制されて驚いた。

何かしら勘付いているのではと、疑ってしまう。

「そうやってしっかり掴んでろよ。どんな理由があっても、今度手放したら俺の好きにするからな」

しかも、敵意を向けられている本人は、まるで雪の殺意を楽しむように嘯くから堪らない。




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