舞台を一望できるはずの貴賓席だったが、今は厚い帳によって階下が目隠しをされていた。

火澄はそのカーテンに手を掛けるや、一気に開け放った。

電灯の鈍い灯りしかなかった世界に、カッと強い輝きが押し寄せる。

「っ!?」

思わず目を瞑ってしまった少年は、舌打ちを零しながら銃を引き抜いたのだが。

「これが、人の気配の正体だよ」

鼓膜を打った中低音には、敵意の欠片も含まれてはいなかった。

徐々に視界が戻って来る。

階下から届く煌々とした光りを従えた男は、じっとこちらを見つめていた。

目眩しではないらしい。

雪の方を窺うと、一つ首肯が寄越された。

それに応じて、衣織は慎重な足取りで火澄の隣りへと並び、目を見開いた。

見下ろした先は舞台のある一階の観客席。

埋め尽くすは、紅。

イルビナ軍の軍服によって、国内最大の劇場が超満員になっているではないか。

まさか、本当に。

疑念が現実となった思いでバッと緋色を仰いだ。

「勘違いしないで」
「なに――」
「雪くんも、術の発動は止めてもらえないかな。僕らは敵じゃない」

いつの間にか雪の右手は精霊の使役で淡い輝きに覆われている。

すぐ傍に立つ衣織に危害を加えようものなら、世界最高の術師が容赦のない鉄槌を下すのは明白だ。

しかし制止をかけるイルビナ軍元大将は、こちらとは反対に落ち着き払っていた。

「彼らは、反元帥派の士官だ」

眼下の紅い観客を示しながらのセリフに、先ほどとは理由の異なる衝撃に見舞われる。

「反、元帥派って……」

予想外の単語をすぐには理解できない。

総本部から脱出する際、イルビナの士官たちはこれまで仕えていた上官に対しても、揺るぎない軍への忠誠心で本気の攻撃を仕掛けていたはずだ。

それが一転。

観客席いっぱいの反逆者が生まれた要因は一体何だ。

自分がイルビナを離れていた間に、何が起こったと言うのだろう。

「蒼牙元帥はやり過ぎたようだね。街の復興よりも、「花」開発と僕らの捕縛に人員を割いたらしい。民衆はもちろん、軍に勤める者たちまで、元帥を見限ったんだよ」

衣織は劇場に至るまでの道のりを振り返った。

廃墟のように色褪せた街中では、暗い目をした者が物影に潜むようにしていた。

路地裏では喧嘩をしている輩がいたし、遠くて子供の泣き声も聞こえた。

レッセンブルグを少し走っただけで、元帥の異常な行動がもたらす結果が見えて来る。




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